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契約成立③
しおりを挟む「……つまり、自分の住んでいた地域が分からないと」
「違います。分からないんじゃなくて無いんです。これっぽっちも掠めやしないし、そもそも世界地図が違う……似てる名前すら全く見当たらないんですぅ~」
悲しみからテーブルに頬をつけて、未練がましく地図に指を滑らす。クルクス渓谷とかカイーブ山脈とか分かんないよ。文字は読めるんだけどな。
適当につついてたら、地図を引っ張られて顔を上げる。スッと敷いていた紙が取られ、フェルクスさんは長い足を組んで地図の端から眺め始めた。
「しかし、ここにある地図の中ではこれが一番なんだ。これ以上のものとなると、あとは王城にしか……」
「王城にはあるんですか?!」
勢いよく体を持ち上げる。もっと詳しい地図ならあるいは、地球に繋がる手がかりが得られるかもしれない。でもフェルクスさんは私を一瞥したあと、再び地図に視線を戻した。
「まだ確認したわけじゃないからハッキリしたことは言えない。それに中に入るにはそれなりの立場か理由がないと。今の我々には難しいかな」
「そうなんですね……」
やっと見つけた糸口すらすぐ消える。いったいいつになったら帰れるのか。うじうじし続けていたらフェルクスさんがさらに「残念だけど」と追い打ちをかけてきた。
「今は特に厳しいんだ。体制変化に伴ってバタバタしている上に国王不在の状況。安定していればまだしも、今部外者が入るのは不可能だろうね」
「事情は分かりますけどぉ~」
再びテーブルに突っ伏して「うう……」と唸る。万策尽きたとはこのことだろうか。なにも案が浮かばない。次第に諦めの方が強くなる。
肩を落として、でもこのまま醜態を晒すわけにもいない。なんとか持ち直し体を正し、服の乱れを直しながら「失礼しました……」と告げた。
「取り乱したようですね…わがまま言ってすみません」
「わがままじゃないよ。正当な要求だ」
「?」
首をかしげると地図を横に置いた彼が、先程渡した契約書を開いて私の前に出した。
「君の望みはここに書いてあるものだろう? ……乙が望む情報、今回は期待に添えなかったけど次は必ず用意するから」
「……細かいところまでちゃんと読んでくれてたんですね」
「もちろん」
もはや帰る国すらない私が書いた契約書。守らなくたって誰にも裁かれない。そんな紙くず同然の紙を大事そうにしまうフェルクスさん。
それだけで悲しみに傷ついていた私の心がじんわり癒される。ホロリと心で涙していたら、彼は仕舞った紙の代わりにポケットから懐中時計を取り出して確認していた。
気づけば窓の外はとっくに闇に包まれている。室内はずいぶん明るくなっていて、天井から垂れ下がる花の形をしたガラス製の照明がキラキラしている。お茶をいれてくれた執事さんがついでに明かりもつけたんだろうけど、たぶん地図を凝視してた頃だからあまり覚えてない。
フェルクスさんがパチンッと懐中時計を閉じる。
「ルミ。時間も時間だ。今日はここまでにして後のことは明日決めよう」
「そうですね、わかりました」
答えるとフェルクスさんは近くのベルを鳴らす。私もつい気が抜けて、うーん!、と伸びをした。ほどなくして扉がノックされると、彼は立ち上がり扉へ向かっていった。
それを見届けて、なんとなくカバンを漁っていたら後ろから声をかけられた。
「ルミ、食事の用意が出来ているようだ。行こう」
「あ、はい」
立ち上がろうとして動きを止める。そういえば今何時だろ。私、夕飯は会社で食べてきたんだけど。
こっそりカバンの中でスマホを点灯させる。そこには朝の時間帯が表示されていた。
知らないうちに徹夜になってたみたい。どうりで頭が回らないはずだ。
しかもそうなると、これから食べるのは朝食感覚なのかも。少なめにしたいな、なんて考えながら、迎えにきたフェルクスさんに促されて立ち上がる。案内されるがまま部屋を後にした。
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