替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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 輝く雪の結晶がソラティスを包む。吹雪は止み、静寂の中、精霊の奏でる鈴の音だけが響く。

 一節、一節と進むうちに祝福の加護を得るように淡い光が周囲を漂う。エルプシオンの端から、パキパキと霜が降り始めた。

 氷華の加護が、溶岩をも冷やし始めた。このままいけばきっと、エルプシオンを抑えることができる。そんな期待をする。

 だが……。

「!!」

 微かな地鳴りのあとに、ゴゴゴっと音が響き、地面が揺れ始めた。

 それは次第に激しくなっていく。

「っく!!」

 立っていられず、膝をつく。直後、加護すらも突き抜けて腹に響くようなドォォーン!!と爆発音。ハッと顔を上げた瞬間見えたのは、稲光に似た閃光と打ち上げられた真っ赤な溶岩だった。

「──!!」

 降り注ぐ岩盤がソラティスを襲う。咄嗟に腕で身を守る。氷華の加護が淡い光で彼を守った。

 しかしそれも束の間。

 さらに襲いかかる火砕流は、ソラティスごと流そうとする。そこに聞こえてきたのは、新たな声。

「全員、氷の盾を構えろ!!」

 ざっと並んだヴァーガリア騎士団。彼らは、氷華の力を宿した盾で、勢いのある火砕流を留める。

 その隙に騎士団の部隊長がソラティスへ頭を下げる。

 ソラティスは氷華に守られ、流されずに加護を張っている。隊長に気付きうなずいた彼は、その場で舞の始まりの型を取った。

 それを見て、隊長がすぐさま声を上げた。

「領主様が加護を強めてくださる! 皆、守りの隊列を組め!!」

 盾を構える団員たちが、ゆっくりとソラティスを囲うように動き出す。

 そうして半円を組んだ、その中心で彼は再び舞い始めた。

 キラキラと煌めく雪の欠片。「ここで抑える」とソラティスが呟く。

 声に応えるように、吹雪く風が強くなりエルプシオンを囲い始めた。

 この勢いならば、と期待する中、さらに大きな轟音が響き渡る。すべてを包み込むような溶岩が溢れる。防衛部隊の切羽詰まった声が上がった。

「全員! 一時退却! 退却しろ!!」
「早く行け!」
「急げ!」

 隊が下がり始める中、それでも舞を止めないソラティス。隊長が「領主様!」と呼び掛ける。彼は一瞬迷い、だがようやく足を止めて、隊長の声に従った。


*  *  *


「これ以上は時間をかけられない。防護は頼んだ」

 十分に時間を置いて、ソラティスが立ち上がる。その言葉を受けて、つかの間の休息を過ごしていた隊員たちへ隊長が声をかけた。

「承知しました。皆、準備に入れ!」

 そうして改めて、動き始めた瞬間だった。

 再び地鳴りがしたかと思えば、響き渡る爆発音。まるで計ったかのように、また溶岩が溢れる。

 すでにソラティスは盾の防衛線から離れていた。これでは溶岩に巻き込まれてしまう。

 隊長が駆け寄ろうとしたその時、別方向から仲間の姿が見えた。

「二部隊および三部、四部、到着しました!」

 最初の部隊が火山の状況を調査しながら登ったのと違い、途中まで耐熱を考慮した馬車を利用し、最短の道を登った後続部隊は早かった。

 隊長が声を上げる。

「助かる! すぐに領主様をお守りしろ!」

 陣形の指示を出し、新たな盾となる。身を寄せ合って、勢いのある溶岩流から身を守った。

 そしてすぐさま溶岩は氷華に触れ、固まり始める。

 その隙に準備を終えたソラティスが、舞い始める。だが隊長が視線を向けると、顔色が悪いように見えた。それはまるで前領主のようだった。

「領主さ──!!」

 響き渡る三度目の爆発。過去にもない状況だ。激しい熱風はもう盾ですら防げない。よろめく部隊が、倒れ込む間際、対抗するような冷風が漂った。

「これは……?」

 戸惑う隊員の声がする。氷華の力が強くなっているのは分かる。だがそれは、さらに冷たく鋭くなっていっているようだった。

 限界を超えた力に、頼みの綱のアーティファクトでも、抑えきれていないようだ。過去の暴走が思い起こされる。

 隊長が反射的にソラティスの方に視線を向けた直後、横を小柄な人影がすり抜けた。すぐに別部隊の長が「ラシーヌ様!」と声を上げる。

「ティス!」
「ラシー?! 来るな……!」

 先ほどの揺れで膝をつき、再び立ち上がろうとする彼が拒絶する。ソラティスを纏う風はさらに冷たく鋭くなっていく。

 あまりに鋭いその風は、伸ばしたラシーヌの手に、細い線のような切り傷を作った。

 ソラティスは「やめろ!」と叫ぶ。

「来れば君を傷つける! 早く戻れ!」

 だがラシーヌは思い切り首を振った。
 
「嫌です!」
「ラシー、すぐに帰るんだ!」
「嫌です!!」

 押し問答を繰り返す。彼女は、切り傷を作りながらも足を止めない。

「ティス……あなたはあの日、替え玉にもかかわらず私を受け入れてくれたじゃない。あなたのためなら……私は!」

 周囲の轟音に掻き消されまいと叫び、冷えた空気に肌を裂かれながら、ラシーヌが近づいていく。

 彼女はこの絶望的な状況にも、わずかな悦びを覚えた。

 ようやく彼のそばに行ける。彼に触れられる。身を引いたつもりだったが、心は全く受け入れていなかったのだと、こうなって初めて理解してしまう。

 たとえこのまま、この身が朽ちようとも……それでも構わないとさえ、思った。

「ラシー、もうやめろ……このままでは君が!!」
「ティス…お願い。もう一度私を……受け入れて!」

 心許ない足取りで、それでも着実に前に進んでいた彼女が最後に踏み込み手を伸ばす。

 ソラティスは咄嗟にラシーヌを守ろうと、手を伸ばした。

 吹き荒れる風の中で、しっかりと互いの手を握りしめる。彼は反射的にラシーヌを引き寄せ、強く抱き締めた。
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