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しおりを挟むレイアが離れていって、バルトネルが口を開く。持っていた紙を握り締めた。
「主。話を聞かせていただいてもよろしいですか」
「……ラシーのことか」
「はい。彼女がルーシエの王族だとか。だからですか? あのようなお姿に……」
バルトネルは、まっすぐソラティスを見る。彼は「そうだな」と返した。
「詳しい話は部屋でする。行こうか」
「わかりました」
そう言って、歩き出すソラティスにバルトネルはついていった。
長い廊下を進み、かつて夫婦で使っていた部屋の前に立つ。ソラティスが軽く扉を叩いた。
「ラシー、起きているか」
返事はない。だが彼はゆっくり扉を開けて中の様子を窺う。薄暗い部屋の中、わずかに開いた窓の隙間から光が射し込んでいる。
その光の当たらない端のソファに、布の塊があった。
ソラティスがバルトネルを待機させ、その場所に近づくと反応するように動きだした。そしてわずかに顔を覗かせる。ただ、頭からかぶった布は外さないまま。
彼はそっと隣に座るとラシーヌの肩を抱き寄せた。
「調子はどうだ? 不調はないか?」
先ほどまでと打って変わった柔らかい声に、バルトネルも少し驚いた。以前に増して、愛おしさが込められているようだ。
バルトネル自身は、エルプシオンから戻ってきて、ラシーヌが倒れたあとから目が覚めるまでは後処理で慌ただしかった。
それもあって、目覚めた彼女が自身の姿に言葉を失い、それからずっと邸に引きこもっていたことしか知らない。出入りもソラティスだけで、他は許されなかったからだ。
二人が何か小声で話し、しばらくしてからようやくバルトネルも傍に来ることを許される。
「バルトネル、ここに。話をしよう」
「承知しました」
言われた通り正面に座る。ソラティスは、ラシーヌが確かにルーシエの生き残りだと説明し、それを知っていたのはカナンだけだったと伝える。
バルトネルは「そうですか」と返した。
「それで離縁の話が出てすぐ、彼女は神殿に文を送ったのですね」
「そのおかげで離縁せずにすんだ」
「ではカナンさんに特別手当ですね」
バルトネルが笑う。そして続けた。
「ルーシエ王家のことは知っていましたが……まさか王家の方がいたとは」
バルトネルは、いまだ信じられない思いで言う。ソラティスはそっとラシーヌの頬に触れた。
「かの国の王族は瞳に魔力を宿すようだが……ラシーの場合は……」
そのとき、かぶっている布がずり落ちそうになる。ラシーヌが咄嗟に布を掴んで「見ないで!」と顔を背けた。
バルトネルが息をのんで、ソラティスが優しく声をかける。
「ラシー、大丈夫だ。そのままで問題ない」
「……いいえ。いいえ……! こんな髪……老婆のようで誰にも見られたくない……」
悲痛な声を出して、顔を上げることが出来ない。震える肩を抱き寄せて彼は、諭すように囁いた。
「君はどんな姿でも愛らしい。だが他に見せたくないと言うならば、俺は喜んで君をここで独占させてもらうよ。誰も部屋には入れず、俺のそばだけに」
「ティス……」
わずかに視線を上げたラシーヌは、一拍置いて戸惑いがちに俯く。
「それはさすがに……違うかと……」
変わらず頬を染める姿に、瞳を細める。彼はフッと笑って返した。
「俺は構わないんだがな。ただ君の侍女には恨まれそうだ。そろそろ顔を見せてやったらどうだろうか」
練習がてらに、とバルトネルを指名する。彼は突然名が挙がりびっくりしながらも、「もちろんです!」とにこやかに言った。
「お任せください! 不安があれば何でも仰っていただいて構いません!」
ドンッと胸を叩く彼に、ラシーヌは目を丸くしながらもクスッと笑った。
「それは……心強いですね」
そして、そっと布をおろしていく。あれだけ鮮やかだった若草色の髪は今、真っ白に色を失っていた。
すでに邸に運び込むときに見ていた彼だが、改めて確認すると、やはり胸が痛む思いがした。
だが顔を上げた拍子に、細い陽の光が彼女の髪にあたる。その瞬間、まるで降り積もったばかりの新雪のように煌めいた。
左目に白い革の眼帯を着けている彼女は、躊躇いながらバルトネルを見る。
「どうかしら……醜い、でしょう?」
「そんなことありません! まるで雪のように美しいではありませんか」
「雪……?」
その言葉にソラティスが「そうだな」と同意した。
「雪か……確かにそうだ。このヴァーガリアに似合う髪色だな」
愛おしげに見つめて、ラシーヌの髪を一房取り、口づける。そしてバルトネルに「あれを」と指示を出した。
すぐさま用意したのは、手の平より一回り小さい小箱。それを受け取りソラティスは彼女の前で開けた。
薄い青い石の指輪がある。ラシーヌは驚いた様子で、指輪とソラティスを交互に見る。
「これは?」
「もう一度、式をやり直そう。ラシー、俺と今度こそ本当に結婚してほしい」
真剣な言葉と、力強い眼差しを向けられて彼女はじっとソラティスを見る。その瞳がじわりと潤み、やがて一筋の涙がこぼれ落ちた。
「私はまだ……ここにいていいの……?」
「ここにいてくれないと困る。俺はもう君を離すつもりはないからな」
ルーシエ王家の血筋と言えど、恐らくもう力は失っている。ソラティスの命を再び手繰り寄せるために、使った願いの代償として、片目も失った。
そして老婆のような髪をした自分はもう、本当の役立たずになってしまったと、心が沈み塞ぎ込んでいた。
だがこんな髪色を雪のようだとバルトネルは言い、ソラティスはどんなラシーヌも必要だと言う。
二人の言葉に彼女は、以前と同じ柔らかい笑みを浮かべた。
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