『25の年』ー願いの雫は反転するー

翠月 瑠々奈

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「……っ!」

 ハッと目を覚ましたのは夕方だった。半分まで開いたカーテンの隙間から、茜色の夕陽が差し込んでいる。

 二、三呼吸をしてゆっくりと体を起こす。朔は窓の外に視線を向けてまた、大きく息を吐き出した。

「はあ……」

 額に手を当てて項垂れる。何か夢を見ていた気がする。だが細かくは覚えていない。ただ、何かの引っ掛かりだけが喉をつかえるように残っていた。

 そしてふと、サイドテーブルに目をやる。そこにあった古びた鍵に、ドキッとする。

「マジかよ……」

 彼は顔をしかめて、再び頭を押さえた。

 直後、そのテーブルでガタッと音がする。朔の肩が跳ねた。すぐにピリリっと着信音が流れる。彼は目を瞬いて、一拍置いて、恐る恐る手を伸ばした。

 掴んで画面を確認すると、そこには同僚の山本の名前が出ている。慌てて通話にして耳に当てた。

「……もしもし?」
「お疲れ、藤波。今平気か?」
「ああ。どうした?」
「今日休んだんだってな。体調はどうだ?」
「今はまあ……」
「そうか。休みのところ悪いんだが、聞きたいことがあって」

 そう言って話し始めたのが、朔の受け持っている取引先についてだった。

 先月ようやく契約を締結し、サービスがスタートしたのだが、早速問い合わせが来ているというものだった。

「先方が一部の商品銘柄を変えて欲しいって言ってるんだが、手間が煩雑になるから確認すると回答してある。一応、藤波の担当だから聞いたんだがどうする? やはり断るか?」
「……いや、問題ないよ。承諾の返事をしておいてくれ。あとは出社後にやるよ」

 たいしたことのないように言う朔だが、山本は「本当か?」と確かめた。定型サービス以外の労力は全て自分にかかる。

 細かな発注、支払と請求処理。だからほとんどの営業はイレギュラーを嫌がった。

 だが朔だけが、それらを受け入れている。

 よく言えばニーズに合わせているわけだが、実のところ都合よく使われているだけだった。

 山本の問いに朔は至って軽く「他にもやっているから一社くらい増えても大丈夫だよ」と返した。

「気にかけてくれてありがとうな。明日には出られるから」
「無理するなよ。今日はご家族に頼れ」
「家族?」

 思わず聞き返す。

 山本は「そうだよ」と言った。

「ほら、賑やかな子どもの声がするだろ。兄妹か? 楽しそうだ」

 瞬間──ゾクリと背筋が震える。

 朔は上京して一度も家族を部屋に呼んだことはなかった。帰省はするが、家を見せたことはない。

 ましてや兄妹など……彼は一人っ子だった。朔がスマホを握る手に力をこめる。

「……」
「じゃあ、また明日詳細を伝えるよ。お大事に」

 山本がそう言って通話を切った。

 プー、プー、と音を残して室内がシンと静まり返る。彼は恐怖を誤魔化すように実家へと電話をかけた。


 *  *  *


「ねえ、いい加減にしてよ。会ってないって言ってたよね?」
「だからあれは二人で会ってたわけじゃなくてさ」
「そういう言い訳いらないから。……あれだって」
「二人とも、一旦落ち着けよ」

 芽依はまだ何かを言いたげだったが、朔の言葉に一瞥したあと口を閉ざした。

 聡は困ったように眉根を寄せて朔を見る。視線を受けて、彼は溜め息を吐いた。

 芽依から連絡があったのは少し前。『もう耐えられない。聡に直接聞く』と、それだけメッセージがあった。

 以前から芽依に、付き合ってる聡が、友人の由美に会ってると相談されていた。朔は忙しい時間の合間をぬって、それとなく聡に連絡するが回答はありきたりな『偶然会った』や『たいした用事じゃない』といったもの。

 芽依は納得しないだろうな、と思いつつ、一応伝えていた。

 だがやはり、思った通り芽依の我慢が限界に来たようだ。短いメッセージが気になった朔が聡と連絡を取ったところ、ちょうど二人が会うところだった。

 急遽合流した彼は、個室のある飲食店を勧め間に入るようにして話を聞く。だが、次第にヒートアップしてしまい今に至る。

 朔が静かに続けた。

「お互い言い分はあるだろうけど、感情的になっちゃ話にならないだろ。とにかく一つずつ確認していけよ」
「そうは言っても聡が言い訳ばかりだもの。話にならないって言うなら彼に言って」

 芽依が聡を睨み付ける。

 睨まれた聡がたじろぐように身を引いて、絞り出すように返した。

「いやいや、俺は何度も言ってるじゃん。新堂とは何もないって」
「何もないのに頻繁に会うの? 嘘だってついたじゃん!」
「嘘なんかついてないし!」
「朔と会ってるって言った日、ゆいと一緒に後つけたんだからね!」
「は? 何それ。ストーカーかよ」
「おい聡、言いすぎだぞ」

 あまりの物言いに思わず口を挟む。そもそもの発端は聡が煮え切らない態度が原因だ。

 それなのに顔をしかめる聡が、吐き捨てるように言った。

「てか、なんでいんだよ。朔は関係ないだろ。面白半分に入ってくんなよ」

 悩みもないくせに良いご身分だな、と続けられて朔が眉間にシワを寄せる。不快だと言わんばかりに言い返した。

「二人が心配だからきたんだろ。なんだよ、悩みがないって! 俺だって悩んでるんだよ!」

 バンッとテーブルを叩いて立ち上がる。普段冷静な彼が声を荒らげたことに、聡はもちろん芽依も目を丸くした。

 一気に訴えたせいか「ハア、ハア…」と息切れしている。

 彼が一呼吸置く頃に、聡が伺うように言った。

「そんなに悩んでるなら言ってくれればいいだろ?」
「ごめん朔。いつも頼っちゃって」
「……いや、こっちこそごめん。最近眠れてなくてさ」

 弱々しく椅子に座って項垂れる。二人は顔を見合わせて、「あのさ」と声をかけた。

「俺らの話も聞いてもらったしさ。話してよ」
「口に出すだけで軽くなることもあるし。ね?」

 促されて悩みながらも朔は、渋々話し始める。

 最近の異変や体調不良……聡も芽依も、始めこそ普段と変わらない様子で聞いていたが、次第に眉根を寄せてその深刻さに気付いていった。

 聡が言う。

「なんか呪われてるみたいだよな」
「ちょっと!」

 芽依が慌てて止める。朔がチラリと顔を上げて溜め息を吐いた。

「そうだよな。なんとなくそんな気がしてたんだけど……」

 認めたくなかった、と雰囲気を出していた。二人は気遣うように続ける。

「一度お祓いとかしてみたら?」
「そういうのに詳しい人探してみるよ」

 早速とスマホを取り出す。軽く探してみたが、どれもこれも怪しい部分があり簡単には決められなかった。

 そうこうしているうちに、芽依のスマホが震える。家族からの連絡だった。

「ごめん、この後親戚が来る予定でさ。また話そう。連絡するね」
「俺も持ち帰りの仕事進めないと。今日は悪かったな。一応、よさそうなとこ探しとくから」

 立ち上がり、朔の肩をポンッと叩く。二人に頷き、彼も立ち上がった。
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