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二、螢華国
百九十三、奇襲(2)
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「我が君に――五感のすべてが戻るまでは……。手放しで喜べることなど……ございません……」
その言葉に、衒宗は目を眇める。
「俺を脅すか。藍炎」
「滅相も――ございません」
衒宗は卓に置かれた白磁の酒器を乱暴に手に取り、跪く藍炎の脳天に浴びせかけた。
多量の液体は幾重にも分かれ、藍炎の首元や、その影となった床でさえ濡らしていく。
「お前も酔わねばな。妙なことを考えぬように。確かに、今の俺はアルコール度数六十の白乾児でさえ、水にも等しい。
毒を盛られても、間抜けにもその味がわからぬ。だからこそお前が居るのだろう、藍炎」
藍炎は瞼を伏せる。
「……勿論でございます」
「まさか、この中身、白乾児と言いながら、本当は水か? 俺を謀れば――どうなるかはわかっているだろうな。それが、お前との契約だ。忘れたわけではあるまい」
「『すべてを、嘘偽りなく』、この藍炎、未だかつて、ご命令に背いたことはございません」
空になった酒器を、衒宗は乱雑に投げつける。
高楼の柱にぶつかり、陶磁器の割れる高い音がした。
「お前の存在意義を忘れていないようで安心した。与えてやった、龍藍炎、という名に恥じぬよう、俺に尽くせよ」
「――御意」
「鷹が戻らぬな。藍炎、様子を見てこい」
雫がぽたぽたと滴り落ちる。
それにも構わず、藍炎は静かにその場を退いた。
* * *
予想していたとはいえ、アスアドが空に鳩を放った瞬間、恐ろしい猛禽類が、飛来した。
――鷹だ。
「クソッ! こんな所でくたばってもらっては困る!」
少しでも接触すれば、鳩は死んだも同然だ。
それほど、鷹という生物は凄まじい速さで敵を駆逐する。
コンマ数秒の戦いの中、アスアドは用意していた弓矢に持ち替えた。
悪魔が手を広げたかのような黒い鷹へと狙いを定め、天へ向かって真っ直ぐに矢を放つ。
もし、鳩が少しでも傷つけば、この遠征は水の泡と消える。
空中の鳩は、アスアド自身の分身でもあった。
鷹の水平速度は二百四十キロとも言われ、急降下の際には更に加速する。
しかし、手ごたえは、あった。
ぴたりと、まるで時が止まったかのように動きを止めた空の狩猟者は、上空から地面に垂直に落下する。
外朝に駆け付けると、人間に慣らされたと思しき鷹が一羽。
痙攣しながらも主の為に懸命に羽搏こうとしていた。
「忠義に厚い鷹だ。だが、人間の為にそこまでする必要はない」
アスアドの放った矢の先には、強力な麻酔剤が塗られていた。
抗いきれぬように、翼を震わせ鷹は眠りに落ちた。
旋回しながら様子を見守っていた鳩に、大丈夫だと頷いてやる。
鳩は次なる獲物に襲われることのないよう、すぐさま飛び立った。
鳩も、長距離用に訓練されたものは、最高時速は百五十から二百キロに達するとも言われる。
空中生物の飛行速度は、人間の想像を超える。
「何とか、送り出せたな」
もう一刻もすれば、空が白んで来る頃だろう。
螢華国にやって来て、最も晴れ晴れとした気持ちで見上げた空かもしれなかった。
星は、夜空にまだ瞬いている。
「柚にも教えてやらねばな。無事発ったと」
深い眠りに落ちた鷹の羽を軽く撫で、アスアドは口角を上げた。
その瞬間、外朝に足を踏み入れた藍炎は、声を上げた。
「まさか……! 奇術でも使ったカ……!?」
その言葉に、衒宗は目を眇める。
「俺を脅すか。藍炎」
「滅相も――ございません」
衒宗は卓に置かれた白磁の酒器を乱暴に手に取り、跪く藍炎の脳天に浴びせかけた。
多量の液体は幾重にも分かれ、藍炎の首元や、その影となった床でさえ濡らしていく。
「お前も酔わねばな。妙なことを考えぬように。確かに、今の俺はアルコール度数六十の白乾児でさえ、水にも等しい。
毒を盛られても、間抜けにもその味がわからぬ。だからこそお前が居るのだろう、藍炎」
藍炎は瞼を伏せる。
「……勿論でございます」
「まさか、この中身、白乾児と言いながら、本当は水か? 俺を謀れば――どうなるかはわかっているだろうな。それが、お前との契約だ。忘れたわけではあるまい」
「『すべてを、嘘偽りなく』、この藍炎、未だかつて、ご命令に背いたことはございません」
空になった酒器を、衒宗は乱雑に投げつける。
高楼の柱にぶつかり、陶磁器の割れる高い音がした。
「お前の存在意義を忘れていないようで安心した。与えてやった、龍藍炎、という名に恥じぬよう、俺に尽くせよ」
「――御意」
「鷹が戻らぬな。藍炎、様子を見てこい」
雫がぽたぽたと滴り落ちる。
それにも構わず、藍炎は静かにその場を退いた。
* * *
予想していたとはいえ、アスアドが空に鳩を放った瞬間、恐ろしい猛禽類が、飛来した。
――鷹だ。
「クソッ! こんな所でくたばってもらっては困る!」
少しでも接触すれば、鳩は死んだも同然だ。
それほど、鷹という生物は凄まじい速さで敵を駆逐する。
コンマ数秒の戦いの中、アスアドは用意していた弓矢に持ち替えた。
悪魔が手を広げたかのような黒い鷹へと狙いを定め、天へ向かって真っ直ぐに矢を放つ。
もし、鳩が少しでも傷つけば、この遠征は水の泡と消える。
空中の鳩は、アスアド自身の分身でもあった。
鷹の水平速度は二百四十キロとも言われ、急降下の際には更に加速する。
しかし、手ごたえは、あった。
ぴたりと、まるで時が止まったかのように動きを止めた空の狩猟者は、上空から地面に垂直に落下する。
外朝に駆け付けると、人間に慣らされたと思しき鷹が一羽。
痙攣しながらも主の為に懸命に羽搏こうとしていた。
「忠義に厚い鷹だ。だが、人間の為にそこまでする必要はない」
アスアドの放った矢の先には、強力な麻酔剤が塗られていた。
抗いきれぬように、翼を震わせ鷹は眠りに落ちた。
旋回しながら様子を見守っていた鳩に、大丈夫だと頷いてやる。
鳩は次なる獲物に襲われることのないよう、すぐさま飛び立った。
鳩も、長距離用に訓練されたものは、最高時速は百五十から二百キロに達するとも言われる。
空中生物の飛行速度は、人間の想像を超える。
「何とか、送り出せたな」
もう一刻もすれば、空が白んで来る頃だろう。
螢華国にやって来て、最も晴れ晴れとした気持ちで見上げた空かもしれなかった。
星は、夜空にまだ瞬いている。
「柚にも教えてやらねばな。無事発ったと」
深い眠りに落ちた鷹の羽を軽く撫で、アスアドは口角を上げた。
その瞬間、外朝に足を踏み入れた藍炎は、声を上げた。
「まさか……! 奇術でも使ったカ……!?」
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