不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

文字の大きさ
195 / 225
二、螢華国

百九十四、贖罪

しおりを挟む

龍藍炎りゅうらんえん……」

 アスアドは声の主をゆっくりと振り向いた。
 藍炎は、信じられないと言わんばかりに、言葉を失くしている。

「やはり、ザカートの鷹だったのだな、コイツは。何も殺したわけじゃない。ぐっすりと眠っているだけだ。このまま連れて帰ると良い」

「まさか、あれほど訓練した鷹が――」
「相手が人間では、仕方ない。あまり責めてやるな」

 藍炎は静かに首を横に振った。
「連れ帰るワケ、いかないネ。皇帝は失敗したものは皆処分する。動物でも、人間でも。だから、お前にやる」

「やると言われてもなぁ……」

 鳩と鷹では飼育環境もえさも違う。
 まぁ、厩舎番きゅうしゃばんに相談すれば何とかなるか、とアスアドは嘆息した。
 徐々に白んでいく空のお蔭で、藍炎の姿もはっきりと見えやすくなった。

「お前、びしょ濡れじゃないか。雨は降っていないぞ」
「……お前の気にするコト、ないネ」

 自然な濡れ方ではない。明らかに、人為的なものだった。
 藍炎の髪や衣服からふわりと香った酒の匂いに、アスアドは渋面を作る。本人はまったくの素面しらふだ。

 何があったかは、明白だった。

「――ザカートか」

 沈黙は、肯定だ。

「あいつは、仲間を丁寧に扱うタイプでないことは知っている。だが……、そんな扱われ方をされてまでも、忠義を誓いたい相手なのか」

「――お前には、関係ないネ」

「別に、こちら側につけとか、そういうことを言うつもりはない。ザカートに世話になったことがあるのだろう。……だが、大事なのは過去ではない。今だぞ。藍炎」

 藍炎は無言のまま、険しい瞳でアスアドをめつけた。

「人は変わる。良くも悪くも。その判断をするのは、すべて今の自分だ。過去の自分ではない」

「――でいた」
「なに?」
 蚊の鳴くような藍炎の言葉を、アスアドは聞き返す。

「現皇帝陛下が居なければ――私はとうの昔に……野垂れ死んでいた。……いや、一度は本当に、死んだのかもしれない。名前も居場所も、家族もなかった私に、こんな立派な居場所を与えてくれた。……神だ」

「藍炎、お前は――」
「その神に背いた罰は、受けるべきだろう」

 藍炎は訥々とつとつと語る。
「私は神との契約を、いとも容易く破った。それも、物心ついてすぐにだ。それが……私の罪であり、贖罪しょくざいだ」

「契約の内容にもるだろうが。遂行出来ぬ契約ならば致し方ない」

 藍炎は、アスアドを鼻でわらった。
「お前に教える義理ナイが――『すべてを、嘘偽りなく』」

 アスアドは反芻はんすうする。
「すべてを、嘘偽りなく……?」

「喋り過ぎたネ。……この私とて、陛下の意のままとは言い難い。お前のところの、イスハークとやらも嘘を吐いていることもあるに違いないネ。そうした契約がないなら、尚のこと」

「イスハークは俺に命を懸けると幼い頃に誓っている。ま、もし何か嘘を吐かれていたとしても、それが何ほどのことだ。

例え裏切られたとしても、俺の側に引き戻してやるさ」

 寛容な笑い声を上げるアスアドに、藍炎は冷たい視線を向ける。

「そんなことを言っていられるのも、今のうちネ」

 きびすを返し、藍炎は後宮へと戻って行く。
 あとには、アスアドと、眠りこけた鷹だけが残った。

「あんな杓子定規しゃくしじょうぎな奴が、何の契約に背いたって?」

 衒宗にはわからない真実のを考える。
 結果や物など、物的証拠が残る事象ではないのだろう。
 とすれば、残るは。

「心……か。そればかりは俺もなぁ」

 夜明けの空にひと際輝く明星を見上げながら、アスアドはやれやれと、溜息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

僕と教授の秘密の遊び (終)

325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。 学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。 そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である… 婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。 卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。 そんな彼と教授とのとある午後の話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...