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二、螢華国
百九十八、砂漠の薔薇
しおりを挟む「改めまして。ご挨拶が遅れました。黄家が第三子、黄夜と申します。ナースィフ殿下、どうぞお見知りおきを」
黄夜は片膝を突き、拱手の姿勢を取る。
まだ年若いながら、礼儀作法は仕込まれているらしい。
「こちらこそ、自己紹介が遅くなった。青都の守護役を担っている、ナースィフと言う。立場上話し辛いかもしれないが、気にせず何でも相談して欲しい」
黄蓋に息子が居るというのは聞き及んでいた。
だが、てっきり黄蓋と瓜二つのタイプだと思い込んでいた為、どちらかというと、細身の少年に、ナースィフは戸惑う。
黄夜は、まじまじとナースィフを穴の開くほど見つめている。
「ど、どうかしたか」
「今日は親父に、親父とイイ仲の殿下なんか取らねえよ! って言いに来たんッスけど。――流石に予想外で。親父が紹介しないのもわかるかも……。
これは――取っちゃうかもッス。美人過ぎて」
ナースィフは反応に困る。
「莫迦! 殿下を目の前にしてぬぁにを言っとるんだ! これ以上要らんことを言うと叩き帰すぞ!」
黄蓋の凄んだ声は、息子相手とは言え、目の前で見るとなかなか迫力がある。
「ヒエッ。ナースィフ殿下~。助けて下さいッス」
「こら黄蓋。よさないか。話が進まないだろう」
黄蓋はバツが悪そうに、むっつりと押し黙った。
黄夜はどう見てもまだ十代半ばの少年。
自然、ナースィフの対応も甘くなる。
「今回の訪問目的は、私たちの顔合わせでいいのか? 黄蓋」
しかし、黄夜の表情はその瞬間に百八十度変化した。
先ほどの、子どもらしい顔つきは鳴りを潜める。
ナースィフはその豹変ぶりにぞくりとした。
「実は――螢華国で手に入ったんスよね」
「な、何が……」
黄夜はにやりと笑んだ。
「砂漠の薔薇」
ナースィフは、その瞬間に冷や水を浴びせられた気持ちになった。
既に聞いていたのか、黄蓋は表情を変えない。
「黄夜はその気性とは裏腹に、裏方仕事が得意でしてねェ。若い時の俺とよく似ている。今回も、危険なく入手出来ればという話だったが、難なく手に入ったようで」
「結構簡単だったっスよ。一時はバラ撒くみたいに売られてたらしいッスから。その証拠が、港町とその周辺が全滅っていうオチ付きッスけど」
ナースィフは事の重大さを漸く認識した。
「どういうことだ。港町が、全滅した……?」
螢華国で流行している薬物だという情報は出回って来ていたが、その話をナースィフは知らない。
もしかしたら、アスアドたちがその事態に既に直面している可能性もある。
「どうやら、宮廷から珍しいバハルの珍味ってことで、上流階級の連中に秘密裏に差し入れがあったらしいッス。確かに砂漠はバハルの名所。
それを模したものということで、見た目も精巧な砂細工のように美しい薔薇だった。だもんで、皆口に入れた。
確かに、食べてみると異常に元気になるってことで、中流や庶民に至るまで高く売り捌いたらしいっスね」
「そ、その特性は……」
ナースィフのこめかみから、一筋汗が流れる。
食べてみると異常な気力に満ち溢れるという謳い文句は、薬物の常套句である。
「実際、薬物を疑う人は少なかったらしいっス。何と言っても国からの支給品ですし。まぁ、流行りものが流行るときは蔓延レベルで流行することが多いッスから。
――気付いたら、港町は重篤な中毒患者の巣窟に変わっていたそうッス。
――まるで、阿片窟のように」
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