不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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二、螢華国

二百一、焦糖(キャラメル)

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「ふぅ……」
 うららかな昼下がり。
 祝賀宴で演奏する古箏の練習をしながら、僕は溜息を吐いた。

 アルやイスハークには、苦労を掛けっぱなしだ。
 二人とも、色々な場面で僕を気に掛けてくれるが、肝心の僕が出来ることと言えば、楽器の練習くらいなものだ。

「後宮からは出るなと言われているし……」
 安全のためにも、とアルからもイスハークからも念を押されている。

「このままじゃ深窓の令嬢になっちゃう」

 運動と言えば、私室と塀の間の、申し訳程度の庭の散策しかない。
 きっと、身体もなまっていることだろう。
 だというのに、不意に卓の上に置かれたものに目が行く。

「アルがくれたお菓子でも食べようかなぁ」
 包み紙を開け、僕は呻った。

 しかし、それは食すのに勇気が要る食べ物でもあった。
 なぜなら――

 コン、と窓を叩く音がする。
 イスハークは留守だ。
 そして、こんな真っ昼間の訪問は、アルでもないはずだ。

 恐る恐る覗き込んでみる。
 一瞬、頭が真っ白になった。

「――え?」

 現れるはずのない人物が、窓越しに佇んでいた。

「衒宗皇帝……」

 前後に細かなすだれのある、冕冠べんかんと呼ばれる皇帝のかんむり
 そして祭祀のときに着用する袞衣こんえという、正装だった。

 漆黒の絹に、龍の図柄がふんだんにほどこされている。
 黒い髪はすべて冠の中に結っているが、それがかえって、整った顔立ちを強調している。

『麗しの皇帝』という二つ名があったとしても、大いに頷くだろう。

(どうして皇帝がここに……!?)

 僕は慌てて前庭へと降りた。

「正式な訪問ではないのだがな。柚の春霞殿しゅんかでん房室へやを移すという話があったろう。具合はどうかと思ってな、祭祀帰りに寄ってみた」

 色々あって忘れていたが、確かにイスハークと藍炎の間で、そんな話が出ていた。
(まさか皇帝が直接訪ねて来るなんて……)

 確かアルは、この部屋は後宮の隅にあって、忍び込みやすいから移動するなと言っていたはずだ。

「えと、あの、僕は今与えて頂いた房室へやが気に入っているので……移動しなくて大丈夫です!」
「そうか……」

 衒宗が、横目でじろりと僕を睨んだ気がした。
 背中に冷や汗が流れる。

「柚が手にしているそれは、何だ?」
 あまりに急いでいたので、包み紙を剥いだキャラメルを持ったまま、外に出て来てしまっていた。

「これは――今から食べようと思っていたキャラメルを、持って来てしまって……」

焦糖キャラメルか……。俺も好きだった、、、

だった、、、……?)
 その言葉に違和感を覚える。

 衒宗は、僕の手首を簡単に掴むと、手からぱくりとそのキャラメルを食べてしまった。

「あ……っ!?」
 一瞬、衒宗の唇が僕の手をかすめる。まるで、指に口付けられたような気がした。
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