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二、螢華国
二百三、神への反逆者
しおりを挟む藍炎が言っていた、「衒宗に拾われた」というのが、男娼をしていて買われた、ということだと知って、僕は息を呑んだ。
(藍炎の過去が、それほどに凄絶だったなんて……)
「心配しなくていい。だから、その点は互いに気心が知れたものだ。アイツは俺を利用する。生きるための金も地位も、俺の傍に居れば、そのすべてが得られるのだからな。
俺もアイツを散々に利用して来た。だから、利用し合っている、という点では安心出来る相手だ。一方的な搾取ではない、俺たちは、互いを最も利用価値のある相手として認めている」
衒宗は饒舌だった。
そして、酷く穏やかな顔つきをしていた。
神への反逆という、その言葉とは裏腹に。
「それは……」
利用している、というよりも、もっと別の言葉があるのではないか、と僕は思案する。
「職業柄、裏切られるのは慣れている。俺こそが、何もかもを裏切った人間だ。例え、最終的に藍炎に裏切られたとしても――大して腹は立たんだろうな」
「それは……藍炎さんのことが、誰よりも信頼出来る相手だということなんじゃ……」
僕はたまらず、口にする。
衒宗は、諦めたような溜息を吐いた。
「さあな。それを信頼と呼ぶのかどうかすら、俺にはもうわからない。藍炎の奴も、何か俺に隠していることがあるようだからな。案外と、アスアドと共謀して、俺を暗殺する話でも進めているのかもしれん」
「そんなはず……!」
衒宗は、ずいと僕に顔を近づけた。
「お前はまだ、砂漠の王たる者の重さを知らぬな。アスアドが王になれば、アイツは何でもやるぞ。俺を殺し、憎き父親を殺し、程なくして玉座に座るだろう。
王という者はそうでなくてはならない。大切なものの為には、何千何万という国民の命さえ引き換えに出来る冷血漢でなければ、王は務まらぬ」
その言葉に、僕はカッとなる。
僕を庇って怪我をしたアスアドを思い出す。
「アルは……そんな人じゃない。誰よりも、先頭に立って、自分が先に傷つくような人だ。皆を庇って、自分が傷ついて……。それでも、笑っているような人だから……。アルは絶対に、そんな人じゃない!!」
声が震える。
本当ならば、そんなことは言うべきではないのだろう。
僕の役目は、偽だとしても衒宗の後宮妃として振る舞うことだ。
(でも――譲れないことは、ある)
僕の言葉に、衒宗はすいと興が冷めたというように、僕から身体を離した。
「もしそうならば、アスアドはまだ王位には程遠いということだ」
僕は無言で、衒宗を懸命に睨みつけた。
しかし、衒宗は口ほどにもないと言わんばかりに、不敵に笑った。
「まるで、仔猫の威嚇のようだな」
衒宗は僕に向かって手を伸ばす。
その瞬間だった。
「ザカート!! 柚から離れろ!!」
高い塀の上から、びりびりと空気を丸ごと震わせるような、低い声が聴こえた。
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