不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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二、螢華国

二百八、銀の文官

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「部外者の方には、貸出は不可となっております。館内のみで閲覧下さい」

 至極しごく当然のように言い渡されたその言葉に、僕たちは凍り付く。

(貸出不可……!? イスハークはどうするつもりなんだろう)
 後宮に本を持ち帰ることが出来なければ、とんでもない労力がかかる。

 僕は建物の蔵書数を見て、関連書籍を数十冊単位で貸出しても、まだ追い付かないだろうと思っていた。

 しかし、イスハークは一瞬フリーズしたものの、次の瞬間には笑みを湛えていた。

「では、メモは構いませんでしょうか」
「その程度でしたら、ご自由に」
「有難うございます」

 司書の冷淡な態度にも動じず、イスハークは僕たちを引き連れて、勝手知ったるように薬物の書物の一角へずんずんと進んでいく。

 アルは小声で訊ねた。

「イスハーク。ここに来たことがあるのか」
「いいえ。ありませんが、書物の並びといったら大体相場が決まっておりますので」
「本当か」
「初めての本屋でも、雑誌やコミック、小説など大雑把な位置取りはわかりますでしょう。御心配なく」

 やがて、イスハークはある棚の前でぴたっと止まる。
 かなり奥まった場所だ。
 近くに休憩用にか、机と椅子が数脚並んでいる。

「ここです」
「ほんとだ……」

 見れば、薬草学、毒物の歴史、螢華国けいかこくの草花など関連書物がずらりと居並んでいた。

「これがあれば、こちらのものです」

 勝ちを確信した声音は、『銀の文官』であるイスハークの真骨頂とでも言わんばかりだった。

 水を得たうおのように、イスハークはめぼしい本を次から次へと取り出して行く。

 本をさっとめくっては、仕分けをしているようで、そのさまはまるで人智を越えた魔術師のようだ。

「おいイスハーク。俺たちは何をすれば――」

「今取り急ぎ仕分けました。こちら五冊が重要な書物、こちらあと数冊が、補足資料。柚様に訳していただきたたいものは、後ほどお伝え致します。そう多くはございませんので、とりあえず重要なこの五冊を――」

「待って、こ、この中に関連書物っていっぱいあるように見えるよ!?」

 最低でも数百冊。『毒性学辞典』だとか、『薬物学術図解』、『毒の化学』だとかの関連本の羅列で、とても瞬時に見分けられるようなものではない。

 アルは一冊の書物をめくり、机に腰掛けながら、当たり前のように僕に伝えた。

「イスハークは、速読が出来る。内容を読み取り、瞬時に判断することは、可能だ。そうでなければ、一国の文官長など務まるものではないがな。『銀の文官』たる所以ゆえんとも言える」

「そ、速読……!?」

 イスハークはどこか申し訳なさそうに微笑んだ。

 窓辺から逆光の光を浴びて、銀の髪が反射して光る。
 銀青の知的な瞳は、息を呑むほど神秘的だ。
 まるでヒトではない、神話上の登場人物のように見えた。

『銀の文官』は、書物に関してのすべてを統括する、国随一の王にも等しい権限を持つ。

 イスハークは、確かに優秀だ。
 だが、優秀というその言葉だけでは決して収まりきらない。

 人智を越えた力――それが、『銀の文官』だった。

「大変恐縮です。柚様、どうか、私を信じて――力を貸して下さいませんか」
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