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二、螢華国
二百七、皇帝図書館
しおりを挟むイスハークは、神妙な面持ちで卓に両手を突き、立ち上がる。
「皇帝図書館に行きましょう」
日中に訪れた衒宗を警戒して、アルはあれから昼間でも時間を見つけては後宮に寄ってくれた。
長い時間は居られないが、アルが来てくれるだけで安心する。
腕を組んだアルが、訝しげに言い放った。
「あ? 何だそれは」
「前に説明したでしょう! 私たちが螢華国に潜入した目的のうちの一つは、『砂漠の薔薇』を調べることです。
どういった薬物で、どんな毒性があるのか。その内容は、皇帝図書館にも必ずあるはずですから。そのために、敢えて藍炎から皇帝図書館の利用許可を貰ったんですよ」
「だが、現物がないだろう。何か知っているであろうザカートに、『砂漠の薔薇』をくれとも言えないからな」
「確かにそうですが、例え現物があったとしても、私たちはそれをどんな成分か特定することは不可能です。ナースィフ様ならある程度可能な面もあるでしょうが……。とはいえ、手をこまねいているわけにもいきませんし、情報収集に参りましょう。
螢華国で使われる毒ならば、螢華国に在るもののはずですから。生産はバハルかと疑われていますが、そんなはずはありません」
アルはふと、呟いた。
「確か、『砂漠の薔薇』……という鉱物があったな。主に砂漠で採取され、薔薇のような形を成すことからそう呼ばれている。
砂漠の地下水が蒸発する時、水にとけていた硝酸カルシウムが結晶になったものが石膏の砂漠の薔薇――だったはずだ」
イスハークは不敵に口の端を上げた。
「アスアド様、伊達に王族ではありませんね。よく覚えていらっしゃる」
聞くからに大変そうな調査だ。
「僕も出来ることあれば、行くよ」
「柚様も語学に堪能でいらっしゃるので、御協力いただけますと大変助かります」
「何より一人で柚をここに置いておきたくないのでな。しかし、妃が後宮から出てもいいのか」
「一応、藍炎からは許可を貰っていますが――どうでしょうね。皇帝にバレないよう、柚様は女装ではなく、男性の格好をなさるのは如何でしょう。普段が女人の格好ですから、バレにくいかと」
そういうことで、僕はイスハークの従者のような恰好で、アルたちと皇帝図書館の中に入った。
物凄く広く、天井を貫きそうなほど蔵書が整頓されて並んでいる光景は圧巻だった。
司書らしき人が剣呑な目で僕たちを一瞥する。
イスハークが進み出て経緯を説明すると、事情は知っているのだろう。渋々といった体で中へと通された。
「貸出は、何冊ほどでしょうか」
遠慮がちにイスハークが尋ねると、司書は素っ気なく言い放つ。
「部外者の方には、貸出は不可となっております。館内のみで閲覧下さい」
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