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二、螢華国
二百十九、歌を忘れた金糸雀
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「やはり――私が、行かなければ……」
イスハークは、衒宗の正体と目的を知ってから、己がやらねばならぬことはわかっていた。
柚とアスアドの優しさに、今暫くはと甘えていただけだ。
サディクは生きているかもしれない。
もう一度、逢えるかもしれない。
そう思い、一縷の望みを懸けて、螢華国で過ごして来た。
しかし、状況はどんどん悪くなる。
実際、サディクが生きている保証など、何一つ――砂漠の砂粒程度もなかった。
皇帝図書館に赴いたとき、仲睦まじく寄り添っているアスアドと柚を目の当たりにして、思い知らされたのだ。
アスアドは次期国王。
柚はその正妃にあたる。
特に柚は、今すぐに皇帝の夜伽に呼び出されてもおかしくない。
何と言っても人質だ。
もし、柚が皇帝に手籠めにされるようなことがあれば。
そうなればもう――決して覆すことは出来ない。
柚はアスアドと身を引き裂かれるようにして別れ、そしてアスアドは虫けらのように皇帝に殺されるだろう。
イスハークは持ち前の洞察力で、バハル国の終焉を正確に予感することが出来た。
それだけは、絶対に避けなければいけない運命だった。
ただ、一つ、幸運であったのは、皇帝は、イスハークをも手中に収めたいと思っていたことだ。
キングとクイーンだけではない。
己自身が、外交カードの手札となることが可能なのだ。
そして、そのイスハークという、キングとクイーン以下のカードを、相手はキングとクイーン同様に欲している。
もし、ゲームのプレイヤーがイスハーク自身であれば、どうすれば良いかなど、火を見るより明らかだった。
キングとクイーンに異変があれば、一切効力がなくなってしまう、モブカード。
であれば、イスハークを切り、キングとクイーンの守りを固めるしかない。
笑ってしまうほど簡単で、効力のある方法だ。
何せ、相手は、イスハークを手に入れれば、一定期間キングとクイーンに手出しすることはないと予測出来た。
時間稼ぎだとしても、お釣りが来る。
「私が、すべての崩壊を止められるのなら……」
忠誠を誓っておきながら、アズィーズ家の為には命まで捨てられると豪語しながら、何と見下げ果てた我が身可愛さか。
――もはや、銀の文官である資格などない。
実際、これは僥倖だった。
普通ならば、イスハークが交渉材料の一つになることは出来ない。
切り捨てたとしても、何の意味もないカードの一枚だ。
キングとクイーンだけを求める者が多い中、変わり者の相手はイスハークを欲している。
それは、イスハークと言う文官が、ナイトの役割を担えるまたとない好機だった。
「これは……神が恵んで下さった、幸運なのですね……」
守りたいものを、自分の身一つで守れるのなら。
そんなもの、幸運でしかないではないか。
万が一、命を落としたとしても。
冷えた空気の中、三日月の灯りだけが差し込む部屋で、イスハークは皆の無事を祈った。
そして、立ち上がる。
これから、行くのだ。
己の運命を、掴み取りに。
「私は衒宗の――花嫁に、なりましょう」
イスハークは、衒宗の正体と目的を知ってから、己がやらねばならぬことはわかっていた。
柚とアスアドの優しさに、今暫くはと甘えていただけだ。
サディクは生きているかもしれない。
もう一度、逢えるかもしれない。
そう思い、一縷の望みを懸けて、螢華国で過ごして来た。
しかし、状況はどんどん悪くなる。
実際、サディクが生きている保証など、何一つ――砂漠の砂粒程度もなかった。
皇帝図書館に赴いたとき、仲睦まじく寄り添っているアスアドと柚を目の当たりにして、思い知らされたのだ。
アスアドは次期国王。
柚はその正妃にあたる。
特に柚は、今すぐに皇帝の夜伽に呼び出されてもおかしくない。
何と言っても人質だ。
もし、柚が皇帝に手籠めにされるようなことがあれば。
そうなればもう――決して覆すことは出来ない。
柚はアスアドと身を引き裂かれるようにして別れ、そしてアスアドは虫けらのように皇帝に殺されるだろう。
イスハークは持ち前の洞察力で、バハル国の終焉を正確に予感することが出来た。
それだけは、絶対に避けなければいけない運命だった。
ただ、一つ、幸運であったのは、皇帝は、イスハークをも手中に収めたいと思っていたことだ。
キングとクイーンだけではない。
己自身が、外交カードの手札となることが可能なのだ。
そして、そのイスハークという、キングとクイーン以下のカードを、相手はキングとクイーン同様に欲している。
もし、ゲームのプレイヤーがイスハーク自身であれば、どうすれば良いかなど、火を見るより明らかだった。
キングとクイーンに異変があれば、一切効力がなくなってしまう、モブカード。
であれば、イスハークを切り、キングとクイーンの守りを固めるしかない。
笑ってしまうほど簡単で、効力のある方法だ。
何せ、相手は、イスハークを手に入れれば、一定期間キングとクイーンに手出しすることはないと予測出来た。
時間稼ぎだとしても、お釣りが来る。
「私が、すべての崩壊を止められるのなら……」
忠誠を誓っておきながら、アズィーズ家の為には命まで捨てられると豪語しながら、何と見下げ果てた我が身可愛さか。
――もはや、銀の文官である資格などない。
実際、これは僥倖だった。
普通ならば、イスハークが交渉材料の一つになることは出来ない。
切り捨てたとしても、何の意味もないカードの一枚だ。
キングとクイーンだけを求める者が多い中、変わり者の相手はイスハークを欲している。
それは、イスハークと言う文官が、ナイトの役割を担えるまたとない好機だった。
「これは……神が恵んで下さった、幸運なのですね……」
守りたいものを、自分の身一つで守れるのなら。
そんなもの、幸運でしかないではないか。
万が一、命を落としたとしても。
冷えた空気の中、三日月の灯りだけが差し込む部屋で、イスハークは皆の無事を祈った。
そして、立ち上がる。
これから、行くのだ。
己の運命を、掴み取りに。
「私は衒宗の――花嫁に、なりましょう」
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