不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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八、八十億分の一

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「その胸もと。小さいだけかと思ったが――お前男だな」
 マズい。まさか、結婚相手に会うまでに誰かにバレるだなんて思ってもみなかった。
「違……っ」
「滑らかな白い肌に薄く色付いた乳首。いやらしくそそる形をしているが、その造形は男のそれだ。さぁて白状して貰おうか。――誰の元にとつぐつもりだった?」

 ずいと半円刀の切っ先を突きつけられて、泡を吹きそうになる。
 ごろつきたちは何人居ようとも、逃げられそうな空気を感じ取っていたが、この獅子のような男の前では、逃げ切ることは絶対に不可能だと断言出来た。

 眼前に剣が迫る。
 命を守る方法は、一つしかない。
 要は、結婚相手に、僕が男だと明かされなければ、何とかなる。
 ずるい考えだが、目の前の男に誠心誠意、理由を話して、協力して貰うしかない。

 目の前の男が、僕の結婚相手でさえなければ良いのだ。
 いくら不運であっても、世界中で八十億人近い人間が居る。
 その中でたった一人、婚約相手でなければそれでいい。
(流石にそんなわけはない。いくら僕が不運だと言ったって)
 
 僕は一世一代の賭けに出た。
 
「僕の嫁ぎ先は――アズィーズ家の、アスアド様です。ですが、誓って、僕はお相手に危害を加えるつもりはありません! 事情があって……僕が花嫁になりました。お願いします。どうか、どうかこのことは内緒にしていただけないでしょうか……! 僕に出来ることなら、相手を傷つけること以外でしたら何でもします。だから……っ」
 砂の上で、土下座をするようにして平伏する。

 沈黙の中、そろりと伺うと、男は目を丸くしている。
「アズィーズ家の、アスアド……だと……?」
「はい。ご存知ですか……? 僕はフルネームを聞かされていないので、恐らくアスアド・アズィーズ様だと思うのですが……。まさか、お知り合い……とか……?」
 本人でなくとも、親友や親しい間柄なら早くもアウトだ。
 もしその場合は、あまりにも不運過ぎる自身を嘆くしかない。

 今日は長い一日だった。
 この国にやって来て、無一文となり、ごろつきに襲われたところをこの人に助けて貰った。疲労に目の前がくらりと歪む。

「あの、お名前を伺っても良いでしょうか。助けていただいた御礼もしたいですし――」
 男はハッとする。少し迷って、短く告げた。
「俺はアルという。お前のいう、アスアド・アズィーズについても知らなくはない」
 世間は狭い。まさか、婚約相手の知り合いだとは。
 顔からざあっと血の気が引いた。

「アル……さん、いえ、様」
「アルでいい」
「あの……大変不躾ぶしつけなのですが、アスアド様のもとに、連れて行っていただくことは――出来ないでしょうか」
 アルは何か考えているらしい。形の良い顎をゆっくりと撫でている。

 そして、にやりと王のような不敵な笑みを浮かべた。
「それは――出来ぬ相談だな」
「ど、どうしてですか……!?」
「お前の身元が判明し、潔白が証明出来るまで、お前は俺の屋敷に留め置く」
「ま、待ってください……! 僕、行かないと……!」
 ぐらりと視界が反転する。
 もう体力も気力も尽きていた。

「大丈夫か」
 アルが駆け寄り、僕を軽々と抱き上げた。
(成人男子をこんなに軽そうに抱けるもんか……?)
 少し自信が無くなってくる。
  
「お前が真実、アスアドとやらの花嫁だとわかれば、解放してやるさ。それまでは、お前はかごの鳥だ。いいな」
 言葉とは裏腹に、アルの腕の中は温かく、声色は優しかった。
 この国にやって来て、初めて優しくして貰った。

 不意に涙のまくが張る。アルの端正な顔立ちが夜空の三日月と共ににじむ。
 僕はそのまま、深い眠りの海に落ちていった。
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