不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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九、籠の鳥

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 ――まぶしい。
 窓から差し込む陽の光に、薄っすらと目を開ける。
「ここは……」
 いつの間にか、ふかふかの布団に寝かされていた。
 日本でだって、こんなに肌ざわりの良い布団で寝たことはない。
 身体が怠く、もう少し寝ていたい気分だ。
 だが、ぼんやり覚めた瞳が映した部屋は、まったく見知らぬ部屋だった。がばりと身体を起こす。
(本当にどこだ!? ここ!!)

 すっかり目が覚めてしまった。
 エキゾチックな中東の室内は、リゾート地のように整えられていた。いかにも高級そうな天蓋てんがい付きベッドに、清潔な部屋。紫を基調としたアラビアンな雰囲気と、モダンな雰囲気が融合して、気後れするほど上品な空気が漂っている。もしかしてどこかの高級ホテルなのだろうか。

 きょろきょろと見回していると、控え目なノックの後に扉が開く。
「お目覚めでしたか」
 褐色の肌に銀色の髪をした、美麗な青年がにこりと微笑む。秀麗な面差しに柔らかい笑みを浮かべられ、思わずほ、と緊張を解いた。手にはトレーに水差し、グラスと飲み物を持っていた。わざわざ持って来てくれたらしい。

 銀髪の青年は恭しく礼をした。
「申し遅れました。わたくし、イスハークと申します。我が主が砂漠でお目に掛かり、貴方様を屋敷にお招きしたようです。今呼んで参りますので、少しお待ちください」
「我が……あるじ」
 砂漠で出会った男と言えば、アルしかいない。
「まさか、こんなに豪邸だなんて……」
 もしかすると、かなりの地位がある人なのかもしれない。

「目が覚めたか。具合はどうだ」
 イスハークが呼びに行く前に、アルは既に後について来ていたようだ。すぐに顔を覗かせた。
「アル……様」
 背が高い為、扉をくぐるようにして、男がやって来た。
 改めて見ても、目の覚めるような容姿をしている。
 夜明け色の空のような紫紺の髪、鍛え上げた小麦色の体躯。
 瞳は紫水晶アメジストで出来た、神が作りし最高傑作と言っても良い。
 アルの周囲は、後光が差しているような錯覚さえ起こしそうだ。
 
「アルで良いと言っただろう」
「けど――どうも呼び捨てにしていいとは思えなくて。命の恩人です。せめてしばらくは、アル様、って呼ばせて欲しい」
 助けて貰った相手、更にどうやら身分が高いらしい男を軽々しく扱うことは出来なかった。
「まあ、気の済むようにすればいいが。いつでも呼び捨てで呼んで構わないぞ」

 アルに割り込むようにして、イスハークが水の入ったグラスを差し出す。
「喉は乾いていらっしゃいませんか。砂漠で行き倒れたというお話でしたから、水をお飲みになった方がよろしいかと。こちら、当国の名産品のライムを絞った、ライム水です」
「ありがとう……ございます」
 柑橘系の爽やかな良い香りがする。口を付けると、丸一日以上、何も飲んでいなかった身体に染み渡った。

「美味しい……」
 ごくごくと飲み干す。イスハークがすぐにお代わりを注いでくれた。
「それはようございました」
「すみません。ご挨拶も出来ていなくて。僕、天宮あまみやゆず、と申します。ゆず、と呼んでください」
 寝台の上で申し訳ないと思いながら会釈する。

 アルは水を飲むよう促しながら、話を続けた。
「では柚。ここは俺の屋敷だ。しばらくここに滞在して貰う。敷地の外に出ることは厳禁。それ以外は望むものがあれば用意させる。屋敷の中のものも自由に使ってくれ。何かあれば俺かイスハークに声を掛けてくれればいい」
「そんな……何から何までありがとうございます。お世話になります」

 もう一度会釈して、ハッと気付く。
「婚約相手であるアスアド様に、連絡を入れさせていただくことは――出来るでしょうか」
「わかった。一報入れておこう。わけあって、こちらで預かっていると、伝えておく」
「ありがとうございます。助かります」
 これで、アスアドが僕を探して東奔西走とうほんせいそうすることはないだろう。

「もう一度言うが、屋敷の外に出ることは許さん。この辺は、狼やごろつきも大勢居る。身に染みているだろうが、砂漠に丸腰で出れば命が危ない。それだけは約束してくれ」
「わかりました。約束します」

 これ以上アルに迷惑を掛けるわけにはいかない。
 深く頷くと、夜明け色の瞳が、慈しむように細められた。
「いい子だ」
 何とも甘い視線に照れ臭くなって、俯いてしまう。

 続いてイスハークが眉をハの字にして告げた。
「柚様、大変申し上げにくいのですが、お荷物はお預かりさせていただいております。スマホ、通信機のたぐいは、現在ご使用いただくことが出来ません。この屋敷を出られる際には必ずお返し致しますので、ご了承いただけますでしょうか。申し訳ありません」
「そんな、イスハーク様。謝らないでください」

 スマホがないのは不便だが、平謝りに近いイスハークを責めるわけにもいかなかった。
「お前の身元を判明させるまでだ。必要なくなれば、返してやる。ただ、電波は元々あまり良くないがな」
 アルを信じることにしたのだ。信じなければ、始まらない。
「大丈夫。僕の身元が早く判明するように祈っています」


「さて、堅苦しい話はひととり済んだところで、湯浴みでもしないか?」
 そういえば、この国に来てから一度もお風呂に入っていない。
 確かに砂埃にまみれた髪はキシキシとして、身体も砂っぽい。学生時代、運動会の日にこういったことはあったが、それよりも更に酷かった。

「ぜひ! お風呂に凄く入りたくて――」
「なら、一緒に入るか。俺の専用風呂なら、他には誰も入って来ない」
「へっ」
「洗ってやるぞ? 隅々までな」
 不穏な台詞を吐いたアルに、僕はひょいと俵抱きにされた。

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