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十、湯浴み
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「えっちょっ、待っ」
肩に担がれ、声を上げるもアルはまったく意に介さない。
「暴れるな」
「でっでも……!」
普通に二人とも男だから別に何ともないはずだが、アルの「隅々まで洗ってやる」とはどういうことなんだろうか。
「安心しろ。専用風呂と言っても、何十、何百人と入れる広い浴場だ。狭くはない」
「そういう心配はしてないけれど……!」
「じゃあ何だ」
アルの容姿は、何というか、完璧すぎて逆に自分と比べられてしまいそうなのだ。
筋骨隆々なアルに対して、僕の身体の薄いこと。
神話の英雄アポロンを思わせるような、逞しい身体。
まるで、彫刻のような筋肉の隆起は、男の僕ですら抱き締められたいと思うほどだ。
現に、アルは今も僕の身体を、片手で軽々と持ち上げてしまっている。
アルの身体は見てみたいけれど、僕は見られたくない、などと迷っている間に、浴場に着いてしまった。
白くもうもうと煙る湯気に、ほっと安堵する。
あまりにも濃い湯気のおかげで、お互いの姿はよほど接近しないと見られない。
「アル……様。僕汚れてるから、先に身体を洗ってしまいたいんだ。お湯を汚しちゃうから」
「なるほど、わかった。俺が洗ってやろうか」
「いや、だ、だだ大丈夫! そのくらい自分でするよ!」
「そうか?」
案外すんなりと大理石の床に降ろされたもので、目についたシャワー目掛けて慌てて突進する。湯加減は丁度。少し熱めのお湯を被ると、冷え切っていた身体が温まった。頭から湯を浴び、ほぅ、と息を吐く。
備え付けのシャンプーをプッシュすると、何とも高級な香りがして「これ絶対高いやつだ」と確信する。手触りもシルクのようで、髪につけ、手で泡立てると、ありえないぐらいに髪はしっとりとした。とんでもない砂埃に髪の毛の傷みも激しかったのだが、それすら凌駕する勢いだ。リンスも同じようで、「これ勝手に使って良いのかなぁ」と思ったが、一体いくらのものなのか。考えることさえ恐ろしい。
ボディーソープも同じメーカーのものなのか、身体は随分と保湿され、砂漠で根こそぎ持っていかれた水分が立ち戻った。
アルは既に身体を洗ってしまったようで、大浴場に浸かっている。良い匂いのする薔薇風呂とやらに入っているアルは、あまりにも絵になっている。
「あの、アル様。シャンプーとかリンスとかありがとう、ございます。凄くすべすべになって、あの、どうやって御礼をしたらいいのか」
日本から持って来た荷物は、人買いに攫われたときに行方不明になってしまった。
「なんだそんなことか。気にするな。この屋敷のものは好きに使えと言っただろう」
「でも――世話になってばっかりで申し訳ないというか」
命を助けられ、水を貰い、風呂まで。段々と自身が不甲斐ない気持ちになってくる。
しかし、そんな僕の憂鬱をアルは豪快に笑い飛ばした。
「なら、俺と共に湯浴みを命ずる。誰かとこの風呂に入ったことなどないからな。自慢の風呂だ。話し相手になってくれ」
「そんなことでいいなら……!」
お安い御用だ。
そこで、ふと引っ掛かった。
(アルほどのイケメンなら、いくらでも女性が寄ってきそうなのに、このお風呂に一緒に入ったことはないのか……)
僕が初めて、と聞いてどうにも嬉しさが勝つ。
(いやいや、これはアルの親切で、人助けの一環なんだから……)
そう言い聞かせると、なぜか少し寂しい気分になった。
* * *
「はぁ~気持ちいい……。温かい。日本を出てようやく安心出来たような気がします」
湯舟に浸かり、間近で見たアルの筋肉は、思わず凝視してしまいそうなほど立派だった。小麦色の胸板も、信じられないぐらいぶ厚い。
「アル様の胸板……すっごい鍛えてるんだね……。カッコイイ……」
アルはそれと聞くとにやりと笑う。
「触ってみるか?」
「い、いいの!?」
「構わん。ほら」
僕の手首を掴んで、胸元にひたりとあてる。
(すご……。すべすべで……意外と柔らかい……)
巷で逞しい男性の胸元が、「雄っぱい」などと囁かれているのもあながち間違いでもないなあと思えてくる。
胸の筋肉は、日本人ではありえないほど盛り上がり、くびれたウエストまでの腹筋はシックスパックどころではない。少なくとも八つには分かれている。その下は――敢えて目をやらないように気を付けた。
「わぁ……すごい」
もはや感嘆の声を上げるしか出来ない。それに、何だか癖になる触り心地だ。
「満足したか?」
夢中でペタペタと触っていると、笑いを含んだ声が頭上から降った。
「ごごごごめんなさい! あまりに触り心地が良くて!」
自分にはありえない身体というものは未知の領域だ。
それが楽しくなってしまったのだが、アルはぺろりと舌なめずりをした。それがやたらに色っぽい。
「構わん。いつでも触ればいい。そうすると、俺も柚を触って良いということか?」
あ、と盛大に墓穴を掘ったことに気付く。
確かに相手をベタベタ触っておきながら、自分には指一本触れるななんてことは言えないものだ。
「ど、どぞ……。触ってもつまんないと思うけど……」
心臓がばくばくと荒波のように波打った。
肩に担がれ、声を上げるもアルはまったく意に介さない。
「暴れるな」
「でっでも……!」
普通に二人とも男だから別に何ともないはずだが、アルの「隅々まで洗ってやる」とはどういうことなんだろうか。
「安心しろ。専用風呂と言っても、何十、何百人と入れる広い浴場だ。狭くはない」
「そういう心配はしてないけれど……!」
「じゃあ何だ」
アルの容姿は、何というか、完璧すぎて逆に自分と比べられてしまいそうなのだ。
筋骨隆々なアルに対して、僕の身体の薄いこと。
神話の英雄アポロンを思わせるような、逞しい身体。
まるで、彫刻のような筋肉の隆起は、男の僕ですら抱き締められたいと思うほどだ。
現に、アルは今も僕の身体を、片手で軽々と持ち上げてしまっている。
アルの身体は見てみたいけれど、僕は見られたくない、などと迷っている間に、浴場に着いてしまった。
白くもうもうと煙る湯気に、ほっと安堵する。
あまりにも濃い湯気のおかげで、お互いの姿はよほど接近しないと見られない。
「アル……様。僕汚れてるから、先に身体を洗ってしまいたいんだ。お湯を汚しちゃうから」
「なるほど、わかった。俺が洗ってやろうか」
「いや、だ、だだ大丈夫! そのくらい自分でするよ!」
「そうか?」
案外すんなりと大理石の床に降ろされたもので、目についたシャワー目掛けて慌てて突進する。湯加減は丁度。少し熱めのお湯を被ると、冷え切っていた身体が温まった。頭から湯を浴び、ほぅ、と息を吐く。
備え付けのシャンプーをプッシュすると、何とも高級な香りがして「これ絶対高いやつだ」と確信する。手触りもシルクのようで、髪につけ、手で泡立てると、ありえないぐらいに髪はしっとりとした。とんでもない砂埃に髪の毛の傷みも激しかったのだが、それすら凌駕する勢いだ。リンスも同じようで、「これ勝手に使って良いのかなぁ」と思ったが、一体いくらのものなのか。考えることさえ恐ろしい。
ボディーソープも同じメーカーのものなのか、身体は随分と保湿され、砂漠で根こそぎ持っていかれた水分が立ち戻った。
アルは既に身体を洗ってしまったようで、大浴場に浸かっている。良い匂いのする薔薇風呂とやらに入っているアルは、あまりにも絵になっている。
「あの、アル様。シャンプーとかリンスとかありがとう、ございます。凄くすべすべになって、あの、どうやって御礼をしたらいいのか」
日本から持って来た荷物は、人買いに攫われたときに行方不明になってしまった。
「なんだそんなことか。気にするな。この屋敷のものは好きに使えと言っただろう」
「でも――世話になってばっかりで申し訳ないというか」
命を助けられ、水を貰い、風呂まで。段々と自身が不甲斐ない気持ちになってくる。
しかし、そんな僕の憂鬱をアルは豪快に笑い飛ばした。
「なら、俺と共に湯浴みを命ずる。誰かとこの風呂に入ったことなどないからな。自慢の風呂だ。話し相手になってくれ」
「そんなことでいいなら……!」
お安い御用だ。
そこで、ふと引っ掛かった。
(アルほどのイケメンなら、いくらでも女性が寄ってきそうなのに、このお風呂に一緒に入ったことはないのか……)
僕が初めて、と聞いてどうにも嬉しさが勝つ。
(いやいや、これはアルの親切で、人助けの一環なんだから……)
そう言い聞かせると、なぜか少し寂しい気分になった。
* * *
「はぁ~気持ちいい……。温かい。日本を出てようやく安心出来たような気がします」
湯舟に浸かり、間近で見たアルの筋肉は、思わず凝視してしまいそうなほど立派だった。小麦色の胸板も、信じられないぐらいぶ厚い。
「アル様の胸板……すっごい鍛えてるんだね……。カッコイイ……」
アルはそれと聞くとにやりと笑う。
「触ってみるか?」
「い、いいの!?」
「構わん。ほら」
僕の手首を掴んで、胸元にひたりとあてる。
(すご……。すべすべで……意外と柔らかい……)
巷で逞しい男性の胸元が、「雄っぱい」などと囁かれているのもあながち間違いでもないなあと思えてくる。
胸の筋肉は、日本人ではありえないほど盛り上がり、くびれたウエストまでの腹筋はシックスパックどころではない。少なくとも八つには分かれている。その下は――敢えて目をやらないように気を付けた。
「わぁ……すごい」
もはや感嘆の声を上げるしか出来ない。それに、何だか癖になる触り心地だ。
「満足したか?」
夢中でペタペタと触っていると、笑いを含んだ声が頭上から降った。
「ごごごごめんなさい! あまりに触り心地が良くて!」
自分にはありえない身体というものは未知の領域だ。
それが楽しくなってしまったのだが、アルはぺろりと舌なめずりをした。それがやたらに色っぽい。
「構わん。いつでも触ればいい。そうすると、俺も柚を触って良いということか?」
あ、と盛大に墓穴を掘ったことに気付く。
確かに相手をベタベタ触っておきながら、自分には指一本触れるななんてことは言えないものだ。
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