不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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十八、密談

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「一体こんなになるまで何をしたんですか」
 アスアド・アル=アズィーズは、従者のイスハークにこんこんと叱られていた。
「すまん……」
 大人しく怒られているアスアドなど滅多に見られるものではない。
 それほど反省の色が濃いのだとも言えた。

柚様ゆずさまは異国の地でまともに食事すらっておられないことをご存知だったでしょう。少し水を飲ませた程度で無理をさせて。あとでサリーグでも持って来させましょう。何とかして栄養を摂らないと」

 サリーグとはこの地方に伝わるミルクとバターで煮込んだかゆだ。
 天宮柚あまみやゆずは、真白い顔をして寝台で気を失っている。
 身体はきちんと拭きあげられ、衣服も身に着けているが、一向に目を覚まさない。

 先ほどまで倒れた柚を診察していた医者は、「疲れとストレスによるもの」として、しばらく安静にするよう言いつけ帰って行った。

「なかなか戻って来ないと思えば。まさか湯殿ゆどので柚様を襲っていただなんて。貴方がそれほど欲求不満であらせられるとは思いもしませんでしたよ」
 アスアドは反論しようと口をゆがめるが、ぐうの音も出ない。
「まったく、我が主がそれほどまでに色情魔だとは、従者である私までもが不甲斐ふがいない」

 アスアドはソファで組んだ長い足に、頬杖ほおづえを突いた。
「好きなように言えばいい。反論はせん」
「わかりました。それでは遠慮なく。このスケベ、ケダモノ、エロマニア。あと――」
「あー! 俺が悪かった! イスハーク、わかったから少し黙ってくれ」

 滔々とうとうと途切れることなく続くイスハークの嫌味の応酬おうしゅうに、遂には黙り込み、ソファに身を投げ出してしまった。

「これが落ち着いていられますか。貴方に任せていたら柚様はお倒れになってしまいます。今後は私が健康管理をさせていただきます」
「そのことなんだが、イスハーク。少しいいか」
「何でございましょうか」

「そう邪険じゃけんにするな。柚には本当に申し訳ないことをしたと反省している。次からは気を付ける」
「柚様ご本人にも、そう謝罪なさってくださいね」
「勿論だ。ところで――少し困ったことになった」

 アスアドは親指で扉の外を示す。
 イスハークはさとい従者だ。主の意図をみ取り、素早く部屋の外に付き従った。

 柚の眠っている部屋の扉の衛兵に、よくよく警護するように申し伝えた。これで、柚に異変があればいの一番に連絡が来るはずだ。

 庭園と噴水の見える柱の陰に二人は音もなく滑り込む。
「どうなさいましたか。柚様はもとよりアスアド様の花嫁なのですよね? 何か問題でも」
「確かに。柚はアスアドの花嫁だと言った。だが、俺は柚に、アスアド本人だと言うことを告げていない」
 イスハークは首を傾げた。
 イスハークの髪色に似た、銀のアクセサリーがしゃらりと音を立てる。

「存じております。柚様には“アル”としか名乗っておられないのですよね。この屋敷で、決してアスアド様と呼ばぬよう、使用人全員に厳しく言い渡しておりますが。けれど、もう名乗ってもよろしいのではないですか? 柚様は今すぐにでもアスアド様がどんな方か知りたいでしょう。正体など隠していても、いずれはバレます」
 アスアドはふるりと首を横に振った。

「いや。柚はこの国に花嫁の替え玉としてやって来た。柚にとって、結婚はもはや『義務』だ。相手の男がどれだけ卑劣漢ひれつかんであっても、下衆げすな男でも、あいつは大人しく嫁ぐつもりだ。今俺がアスアドだと明かしてしまえば、柚は俺と結婚することは義務だ、、、、、、、、、、、、と思い込む。それではだめだ」
 真剣な瞳で、アスアドはイスハークに告げた。

「しかし、アスアド様が結婚相手だとわかれば柚様は喜ばれるのではないでしょうか」
「実際に接してみてわかった。柚は『アスアドの幻影』を追っている。どこかに居る、運命の男を、無意識に探している。それが俺だとは思ってもいないだろう。柚が本当に俺と結婚したいと思わなければ、婚姻など意味がない」
「確かにそうでしょうが――」


「だから柚に、『アスアドから柚を奪う』と告げた」


 一寸の沈黙が落ちる。
「――どういうことですか。アスアドは貴方ではないですか。アスアドとアルは同一人物なのですよ? どうやって奪うというのです?」
 声量が大きくなるイスハークに、アスアドはしぃ、と唇に人差し指を当てた。

「それはこれから考える。アスアドの代理を立ててもいい。とにかく、引き続き、俺がアスアドだと柚に気付かれないようにしてくれ」

 イスハークは、内臓まで出てしまいそうな大きな溜息を吐いた。
「結果として柚様をだますことになります。その覚悟は出来ておられるのですか」

「仕方ない。側室を一人も持たぬ俺でもわかる。心を伴わぬ婚姻に価値はない。心ごと手に入れなければ、意味がないのだ」

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