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二十四、女神ヘーラーの嫉妬(2)
しおりを挟むアルに声を掛けようと思っていたが、アルを取り巻く何重もの人垣に割り込む勇気はなかった。
何と言って声を掛けるべきかすら思い浮かばない。
僕はアルにとって何の関係もない、「ただの賓客」だ。
この屋敷から出れば、アルとは一切の関係が断たれる。
アルと僕は、ただの他人だ。
そう気付いた瞬間、くるりと踵を返していた。
何故だろう。胸が痛い。
アルとは赤の他人なのだと、知っていたはずなのに、何故こんなに涙が零れるのだろう。
僕は自分勝手だ。
触れてはならないとアルの手を拒絶した。
しかし、アスアドの花嫁でありながら、頭の中はアルでいっぱいだ。
このままではいけないことは明白だった。
人気のない、屋敷の裏まで来ると、泣き腫らした顔が窓に映った。
「ひどい顔だ……」
アルが見たら、きっと驚いて、何があったか問い質すだろう。
僕は、アルに心配を掛けてばかりだ。
恩人のアルには、いつも笑っていて欲しい。
僕のせいで、これ以上困らせたくない。
――千夜一夜祭が終わったら、この屋敷を出よう。
アルは僕の為にお祭りの衣装を着ると言ってくれた。
それを目に焼き付けて、アスアドのもとに嫁ぐのだ。
* * *
「柚様……?」
イスハークは大広間で、祭事の段取りをしていたが、一瞬視界に柚が映ったような気がしてあちこちを見回した。
しかし、白昼の幻だったかのように、姿は消え失せていた。
(気のせいでしょうか)
それにしては、やけに不安げな表情をしていた。
胸騒ぎがして、アスアドに告げる。
「アル様、先ほど柚様がいらっしゃっていたようなのですが」
「なに?」
儀式の衣装の調整やら、宝石飾りの色映りを見るため、良いようにオモチャにされていたアスアドは、至極不機嫌だ。
「柚が訪れたらすぐに俺を呼べと言っただろう。それで、どこに行ったのだ。もう今日は柚のところに帰る。誰にも彼にも人形のように扱われて散々だ。ここ一週間、柚と逢って会話することすらままならんのだぞ。どういういうことだ、イスハーク。俺は帰る」
ぶすくれた顔つきで、駄駄を捏ねるアスアドに、イスハークはスゥと物騒な笑みを浮かべた。
「なりません。仮にも高貴な身分であらせられる貴方様が、何という子どものような発言をなさるのですか。これまで、お役目は何度もこなされていらっしゃったじゃありませんか。
柚様にご執心であることは理解しております。しかし、柚様は、アル様の花嫁ではございません。蜜月は、関係性をしっかり築かれてからの方がよろしいかと」
ぐぬ、と反論すら出来ぬ正論に、アスアドは一層不満をあらわにした。
眉根を寄せ、明らかに不機嫌を隠さぬ顔つきだ。
幼い子どもが親に抗議しているようでもある。
イスハークは腹の底から溜息を吐いた。
「アル様を教え導いた、諸先生方がご覧になったら、さぞ嘆かれることでしょう。さあさ、機嫌を直して残りの仕事を片付けてください。そうすれば、柚様がお休みになられる前には、お会いになれますよ」
イスハークの胸の奥がチクリと痛む。
アスアドを祭事の主役にいかがか、とアスアドの父に進言した。
しかし、それは柚が現れる前のことだ。
(言い訳にもならないが、お二人の仲を引き裂くつもりは微塵もないというのに……)
東洋には、人の恋路の邪魔をするものは、馬に蹴られて死ぬ、などというなどという言い伝えがあるそうだ。
(まさに今の私だ。この国なら、馬ではなくラクダに蹴られて死ぬのだろうか。それは勘弁ですが)
連日、イスハークも寝不足が続いており頭が痛い。
(それよりも、放置してしまっている柚様のフォローをせねば)
柚には、使用人も満足につけられていない有様だ。
(祭事後、アスアド様には柚様と過ごす時間をたっぷり取っていただこう。そして、諸々の誤解を解いていただかないと)
あれもこれも、と指折り数えていると、祭事の進行について確認する為、イスハークを呼ぶ声がいくつも重なった。
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