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二十五、ランタン師匠
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――千夜一夜祭が終わると同時に、この屋敷を出る。
そうと決まればやらねばならぬことがいくつかあった。
(旅の路銀の確保と、えーっと……)
頭を冷やす為にも、屋敷内に連なる露店を冷やかして歩く。
お祭りの一週間ほど前から、既に各国から珍しいものを持ち寄った市場が開いているのだ。
他国の珍しい果物、珍しい、見たこともない色をした鉱物。
アルの好きなナッツの蜂蜜浸けなど、お馴染みのスイーツは勿論、別のエリアでは何と鳥やラバをはじめ、珍しい動物たちまで集結していた。
(凄い……。初めて見る食べ物や動物が沢山……)
大型でカラフルなコンゴウインコを見ていると、お伽の国に迷い込んだような心地になる。
市場の一般開放は祭りの当日からだが、この広大な屋敷の関係者は、事前市の買い物が自由らしい。
まだ商品が買い漁られていない、豊富な時期とあって、珍しい外国の品を求めて、使用人たちも積極的に店をまわっているようだ。
ふと、視界に息を呑むような光景が広がった。
味気ない仮設テントにぎゅうぎゅうにつめこむようにして飾られた、鮮やかなトルコランプ。
青や赤や黄、緑、白や紫と言った宝石のような色味はもちろんのこと、細かい細工の美しさも素晴らしい。
色とりどりのランプが天井からぶら下がる景色は圧巻だ。
薄暗くなって来た、夕闇の中でひと際美しく輝いている。
まるでそこにだけ光が灯っているようだった。
「わぁ、キレー……」
思わず、そのテントにふらふらと近寄った。
店員は年老いた老人が一人、ふうふうと荒い息を吐き、苦労してランプを飾っている。
「うーん、腰が痛いのう」
「あの、何か手伝いましょうか?」
声を掛けると、老人はランプの隙間から顔を覗かせた。
白いターバンを巻き、丸い眼鏡を掛けた、日に焼けた老人だ。
柔和で優しそうな顔つきをしている。
老人はぱちくりとつぶらな瞳を瞬かせた。
「なんとお主、ワシの店を手伝ってくれるのか?」
「はい! ランプが凄く綺麗で――感動しました。時間もあるので、何か僕に出来ることがあるなら、何でもしますよ」
老人は破顔する。
「そーかそーか。ありがとうなぁ。店番も連れて来なかったもので、一人で苦労しておったんじゃ。助かるのう」
「良ければ毎日でもお手伝いに来ますよ。僕、時間だけはあるので」
「なら、お願いしようかのう。ちゃんとバイト代もはずむでの。ワシの出店を手伝いに来てくれるか」
ふと、アルの顔が目に浮かんだ。
この美しいランプの中、一つを、アルにあげることが出来たなら――
「あの、不躾なお願いですが、バイト代として、こちらのランプを一つ、いただくことは出来るでしょうか。買わせて欲しいんです。大切な人にプレゼントしたくて」
「かまわんよ。お主が店番を手伝ってくれたら、どれでも一つ、好きなものをやろう。このランプたちは確かに綺麗じゃが、そこまで値の張るものでもない。バイト代もいくらか渡せるじゃろう」
老人はふぉっふぉと柔らかく笑った。
値札を見ると、ランプは日本円にして一つ二千円から、五千円を超えるものまでさまざまだ。
「あの、僕お祭りが終わったら、アズィーズ家というところに行かないといけなくて。ここからどれぐらい掛かるでしょうか」
「はて。アズィーズ家とな」
老人は訝しそうに首を傾げる。
背後の宮殿を見やった。
「恐らくここからそう遠くはないようなのですが……」
「もしかして、別邸のアズィーズ家のことじゃろうかな。ラクダで二日ほどの道のりじゃ。もし祭りが終わってからで良ければ、荷台に乗って行くかね。ちょうどあちらの方面にも行く用事があっての」
これほどトントン拍子に話が進むとは思いもしなかった。
柚の人生で、こうまでうまくことが運んだことはない。
思わず勢いよくお辞儀をした。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いやいや何の、こちらこそ店番に困っておったからの」
「僕は柚と申します。あの、良ければお名前を伺っても?」
店主は、おじいちゃん、と呼んで差支えない年齢のようだ。
老人は白い顎髭を撫で、ふぉっふぉと笑った。
「そうじゃのう。ここにあるランプにちなんで、ランタン師匠とでも、呼んでくれるかね」
そうと決まればやらねばならぬことがいくつかあった。
(旅の路銀の確保と、えーっと……)
頭を冷やす為にも、屋敷内に連なる露店を冷やかして歩く。
お祭りの一週間ほど前から、既に各国から珍しいものを持ち寄った市場が開いているのだ。
他国の珍しい果物、珍しい、見たこともない色をした鉱物。
アルの好きなナッツの蜂蜜浸けなど、お馴染みのスイーツは勿論、別のエリアでは何と鳥やラバをはじめ、珍しい動物たちまで集結していた。
(凄い……。初めて見る食べ物や動物が沢山……)
大型でカラフルなコンゴウインコを見ていると、お伽の国に迷い込んだような心地になる。
市場の一般開放は祭りの当日からだが、この広大な屋敷の関係者は、事前市の買い物が自由らしい。
まだ商品が買い漁られていない、豊富な時期とあって、珍しい外国の品を求めて、使用人たちも積極的に店をまわっているようだ。
ふと、視界に息を呑むような光景が広がった。
味気ない仮設テントにぎゅうぎゅうにつめこむようにして飾られた、鮮やかなトルコランプ。
青や赤や黄、緑、白や紫と言った宝石のような色味はもちろんのこと、細かい細工の美しさも素晴らしい。
色とりどりのランプが天井からぶら下がる景色は圧巻だ。
薄暗くなって来た、夕闇の中でひと際美しく輝いている。
まるでそこにだけ光が灯っているようだった。
「わぁ、キレー……」
思わず、そのテントにふらふらと近寄った。
店員は年老いた老人が一人、ふうふうと荒い息を吐き、苦労してランプを飾っている。
「うーん、腰が痛いのう」
「あの、何か手伝いましょうか?」
声を掛けると、老人はランプの隙間から顔を覗かせた。
白いターバンを巻き、丸い眼鏡を掛けた、日に焼けた老人だ。
柔和で優しそうな顔つきをしている。
老人はぱちくりとつぶらな瞳を瞬かせた。
「なんとお主、ワシの店を手伝ってくれるのか?」
「はい! ランプが凄く綺麗で――感動しました。時間もあるので、何か僕に出来ることがあるなら、何でもしますよ」
老人は破顔する。
「そーかそーか。ありがとうなぁ。店番も連れて来なかったもので、一人で苦労しておったんじゃ。助かるのう」
「良ければ毎日でもお手伝いに来ますよ。僕、時間だけはあるので」
「なら、お願いしようかのう。ちゃんとバイト代もはずむでの。ワシの出店を手伝いに来てくれるか」
ふと、アルの顔が目に浮かんだ。
この美しいランプの中、一つを、アルにあげることが出来たなら――
「あの、不躾なお願いですが、バイト代として、こちらのランプを一つ、いただくことは出来るでしょうか。買わせて欲しいんです。大切な人にプレゼントしたくて」
「かまわんよ。お主が店番を手伝ってくれたら、どれでも一つ、好きなものをやろう。このランプたちは確かに綺麗じゃが、そこまで値の張るものでもない。バイト代もいくらか渡せるじゃろう」
老人はふぉっふぉと柔らかく笑った。
値札を見ると、ランプは日本円にして一つ二千円から、五千円を超えるものまでさまざまだ。
「あの、僕お祭りが終わったら、アズィーズ家というところに行かないといけなくて。ここからどれぐらい掛かるでしょうか」
「はて。アズィーズ家とな」
老人は訝しそうに首を傾げる。
背後の宮殿を見やった。
「恐らくここからそう遠くはないようなのですが……」
「もしかして、別邸のアズィーズ家のことじゃろうかな。ラクダで二日ほどの道のりじゃ。もし祭りが終わってからで良ければ、荷台に乗って行くかね。ちょうどあちらの方面にも行く用事があっての」
これほどトントン拍子に話が進むとは思いもしなかった。
柚の人生で、こうまでうまくことが運んだことはない。
思わず勢いよくお辞儀をした。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いやいや何の、こちらこそ店番に困っておったからの」
「僕は柚と申します。あの、良ければお名前を伺っても?」
店主は、おじいちゃん、と呼んで差支えない年齢のようだ。
老人は白い顎髭を撫で、ふぉっふぉと笑った。
「そうじゃのう。ここにあるランプにちなんで、ランタン師匠とでも、呼んでくれるかね」
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