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三十、訣別(けつべつ)
しおりを挟むアルが広場に現れると、人々はどよめいた。
数多の宝石に彩られた、神の御使いが地上へと舞い降りる。
(アル、凄くかっこいい………!)
民衆がその場から動くことが出来なくなってしまうぐらい、人間離れした美しさだ。
神官のアルは、祈りを捧げ、祝詞のような言葉を朗々と謳い上げる。
それはまるで、天界から響く祝福のようですらあった。
最高女神ヘーラーに愛されし人間という呼び名は、あまりに似合いだ。
(アルに抱き締められたことがあるなんて、嘘みたいだ)
僕を腕の中に閉じ込め、「アスアドから奪う」と言われたことが、遠い昔のように感じる。
アルは二本のシャムシェールをすらりと抜いた。
頭上で刃を重ね合わせると、夜空に浮かぶ三日月のようだ。
――神が今、夜を創っている。
そうかと思えば、アルは半月刀を手に蹲る。
(――アル?)
しかし次の瞬間には、撓やかな上体を反らせ、両手にシャムシェールを持ち、逞しい腕を大きく上下させた。
それは紛うことなく、羽を休めた真白な鳥が、再び羽ばたく姿だった。
郷愁を誘うウードの音色に乗せて、アルの姿は鳥であったり、神であったり、はたまた豊穣の稲穂のようにすら見えた。
あまりにも、神々しい。
(アルって本当に凄いんだ……)
気付けば僕の目には涙が浮かんでいた。
アルはこれ以上ないほど見事に、祭事の神官を務めていた。
人間が、神にも動物にも植物にも見えるなんて、どれほどの鍛錬を積んだのだろうか。
持って生まれた、浮世離れした美貌だけではなく、鍛え上げた体躯、そして指の先まで計算された挙動。
アルの天才的な才能と、たゆまぬ努力が見て取れて感動せずには居られない。
同時に、僕は思い知る。
――僕は、アルを失うのだ。
今宵、神のように地上に舞い降りた、砂漠の覇者。
女神ヘーラーに捧げる祈りは、炎と共に、天高く届いただろう。
もうすぐ、幕が下りる。
宴は終盤に差し掛かっていた。
気付けば、師匠が僕の隣に佇んでいた。
僕の肩に、慰めるようにそっと手を触れる。
「柚、準備は良いかの。そろそろ出発の時間じゃ」
わかっていたことだ。
僕はこくりと頷いた。
「――はい」
ありがとう。
さよなら、アル。
僕は――君のことが、好きだった。
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