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三十三、砂漠の花嫁
しおりを挟む「アル様! 大変です! 柚様の書置きが見つかりました!」
「何だと!?」
千夜一夜祭も、残すところ王と、アスアドの挨拶だけになった。
祭りはフィナーレを迎えようとしていた。
そんな折、衛兵と共に、僅かな時間を見つけて館内を捜索したイスハークは、驚くべき置手紙を見つけた。
アスアドを伴い、柚の私室へと先導する。
ベッドのサイドボードには、純白のトルコランプが鎮座している。
台の下には手紙が残されていた。
『アル様へ
こんな形でお別れをすることになって、本当にごめんなさい。
アル様に助けて貰って、この屋敷で過ごした時間は、僕にとっては永遠に続いて欲しいほど、大切なものでした。
出来ることならずっとここに居たかった。
でも、僕にはやらなくてはいけないことがある。
アスアド様の元に向かいます。
今まで、本当にありがとう。
追伸:トルコランプは、ほんの御礼の気持ちです。
少ないけれど、受け取ってください。
柚』
手紙を手にしたアスアドの手が戦慄いた。
「こんな……っ! こんな別れ方は俺は許さんぞ、柚!」
髪の毛がぶわりと広がりそうなほど、アスアドは烈火の如く叫んだ。
「イスハーク! これ以降の祭りは欠席だ! 親父にもそう伝えておけ! 柚を奪還する!!」
イスハークも、今度こそ異を唱えなかった。
「アル様! 今、馬を用意致します!」
「いい! タマに乗る!」
「しかし!」
叫んだイスハークは、目の前に、夜明け色の瞳をした真摯な一人の男を見た。
アスアドは、ハッとするほど真っ直ぐな視線で訴え掛けた。
「タマが何よりも速い。それに――イスハーク。お前は何故、俺が柚をさっさと奪う決断をしないのか問うたな。ずっと考えていた。
柚を、タマのようにしてしまって良いものか……とな。俺一人の我儘で、また周囲を嘆かせるのではないかと、それが王の器たる者のすることなのかと」
「アル様……そんなことを、考えておられたのですか」
タマは、幼い頃アスアドが狩りに行って連れ帰った獅子だ。
本来なら野生で育つべき猛獣を、アスアドが調教し、飼い慣らした。
百獣の王を、猫のように育てた。
以来、タマは餌に困ることはなかったが、今ではすっかり本来の野生を忘れてしまっている。
怪我をし、傷ついていたタマを保護した。
だが、それは同時に自由を奪ったにも等しかった。
アスアドはそれを危惧していたのだ。
イスハークは、思う。
(だが、タマはあのときアル様が助けなければ、飢えるか、外敵に狙われ死んでいた)
上空を飛び回っていたカラスや、とんびの群れを、イスハークは今でもよく覚えている。
アスアドがタマから離れれば、一気に急降下して、その屍肉を食らっただろう。
「アル様……」
アスアドは、存外さっぱりとした面持ちで告げた。
「だが……俺は、ただ臆病になっているだけだったのかもしれぬ。搦め手になるなど、俺らしくもなかった。こうなれば、アスアドとアル、両者を差し出し、柚に選ばせるしかあるまい」
「アル様それはどういう――」
イスハークが疑問を唱える暇もない。
「行くぞ、イスハーク! 俺の花嫁を迎えに!!」
アスアド・アル=アズィーズは満天の星に向かって、高らかに声を上げた。
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