不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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三十四、夢物語

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 月明かりの下、ラクダの歩に合わせて揺られる。
 輝く幌車ほろぐるまの中は、ランタンの優しい光が、木漏こもれ日のように輝いている。

 まるで、真っ暗な砂漠の中で一つだけ灯った灯りのようだった。

 そんな中、僕は嗚咽おえつらした。

 アルと別れなければならない。
 もしくはもう二度と逢えない。
 そう考えてしまったら、止まらなかった。

 沈黙の中、僕の鼻をすすり上げる音が響く。

(泣くな。自分で決めたことじゃないか)

 何の為に遠い異国の地に嫁いだのか。
 アルとの暮らしが居心地良くて、当初の目的を忘れてしまっていた。

 僕には、目的がある。
 それは自分一人の為だけではなかった。
 だからこそ、必ずアスアドの元に行かねばならない。

 そう自身に言い聞かせているのに、感情と理性がまったくみ合わない。

 泣き止まない僕を見かねてか、ランタン師匠は優しく声を掛けた。

「――そんなに泣くでないよ。柚。違う場所に行くことが辛いなら、無理をするもんでもなかろう。自分の望まぬことをしても、そのときは平気に思えても、あとで必ず反動がやって来るものじゃ」

 ランタン師匠の、穏やかで静謐せいひつな声音は、清流の水のように、するりと僕の心の中に入り込む。

「でも……っ、僕、行かなきゃならないんです。アスアド様の花嫁にならないと……ダメなんです」

 師匠は前を向いたまま、ラクダの手綱たづなを握っている。
 そしてぽつりと呟いた。

「だが、お主は生きておる。そしてお前さんの好いた者もまた、存命じゃ。
 であれば、何を恐れることがあろう。死んでしまえば、そこが本当の終わりじゃ。
 いくら求めても、もうどうすることも出来ん。ワシは、もう遅い。死人しびとと話すことは不可能じゃからの」

「師匠……?」
 ランタン師匠は、自身のことをほとんど話さなかった。
 それだというのに、今は薄ぼんやりとした情報だが、非常に珍しいことだった。

「戻れというのなら、ワシの気は進まんが、戻っても構わんよ、柚」
「でも」

 僕とて、生半可なまはんかな気持ちで出立を決めたわけではない。
 やらねばならぬことがあって、この国にやって来た。
 
 アルのところに戻りたい。
 使命なんか放り出して、ずっと一緒に居られたら。

 そう考えて、それが如何いかに浅はかな夢であるか、思い知る。
 そして、不運な僕が、そんな夢物語の主人公になれるわけがないのだ。

 滑稽こっけいで、思わず口の端がを描いた。
 涙をめて笑う僕は、ひどおろかだったことだろう。

「ムリだよ……。師匠。もう決まってしまったことなんだもの」

 人間はあきらめが肝心だ。
 僕は今まで、いくつもの目標を諦めて来た。
 何てことはない。

 だから、今は辛くても、きっと大丈夫。
 またしばらくすれば、ただの不運な、天宮あまみやゆずという生活に戻るだろう。


 長い人生の中でほんの少し、アルと共に暮らしたという、夢物語のような経験があるだけで。



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