不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

文字の大きさ
35 / 225

三十五、大脱走

しおりを挟む

 アルの元を離れる。

 それはもはや仕方のないことだというのに、涙はとめどなく流れた。
 我慢していたが耐えきれず、僕は子どものようにしゃくり上げた。

「柚……」
 ランタン師匠は気遣わしげに、肩越しに僕を振り向く。

 だが、静寂せいじゃくに包まれたはずの砂漠の彼方かなたに、ふいに違和感を覚えた。

 ついに幻覚が見え始めたのだろうか。
 何だろうと、目をらす。
 幸いにも雲が晴れ、辺り一面がさあっと明るくなった。

 地平線の向こうに、煙のような砂塵さじんが、わずかに見えた。

「ランタン師匠。誰かこちらにやって来るかもしれません。恐らく馬――に乗っている人が、二人見えます」

 シルエットはおぼろげだが、何かの動物に騎乗きじょうする影が、段々と大きくなっている。
 かなりのスピードだ。程なくこちらに追い付くだろう。

 ――一体誰なんだろう。
 砂漠のキャラバンか。それとも商人か。

 ランタン師匠は、何もかもお見通しであるように、一人嘆息たんそくした。
「やれやれ。こういうことがないように、早めに出発したんじゃが」
「――師匠? それはどういう――」

 僕が言い終わらぬうちに、師匠はいきなり猛然もうぜんとラクダを疾走しっそうさせ始めた。
 ほろの内側に沢山ぶら下がったトルコランプがこすれ合って、ガラスの悲鳴が上がる。
「師匠!?」
 ぐらりと荷車が揺れ、僕は大きく体勢を崩した。

「しっかりつかまっておれ! これまで追手おってが来ないように、人目を避けていたんじゃ。まさか追い掛けてくるとはのう!」

「追手!? まさか、師匠、追われているんですか……!?」
 もしかして、師匠は追手を差し向けられるほど、悪いことをした人なのだろうか。

 僕は真っ青になった。
 しかし、これまでの師匠の気遣いや優しさを直に見て来たのだ。

 ――ランタン師匠が悪い人のはずがない。
 すぐに心は落ち着いた。

 車輪が少し大きな石を踏んで、車体が大きく跳ねる。
 ラクダも全速力だ。

「師匠!? これからどうす――」
「柚! しゃべっとると舌を噛むぞ!」

 砂漠の砂をき上げての大脱走だ。
 先ほど見えた人影は、荷車の砂埃で姿が見えなくなってしまった。

 ガタン、とまた大きく車体がぐらつき、僕はトランポリンのように跳ねる車内に、必死でしがみついた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

過保護な義兄ふたりのお嫁さん

ユーリ
BL
念願だった三人での暮らしをスタートさせた板垣三兄弟。双子の義兄×義弟の歳の差ラブの日常は甘いのです。

鳥籠の中の幸福

岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。 戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。 騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。 平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。 しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。 「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」 ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。 ※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。 年の差。攻め40歳×受け18歳。 不定期更新

【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。

美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...