不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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三十八、魔法使いの弟子(2)

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 ランタン師匠は、丸い眼鏡の奥にある、切れ長の瞳を細めた。
 グレイッシュな穏やかな瞳が、ぎらりと刃物のように月明かりに反射する。

「ランタン師匠!? 無茶ですよ! 昨日も腰痛いって言ってたのに!」
 僕が叫ぶと、師匠はにぃ、と口角を上げ笑みを浮かべる。

「なに、勝てなくても良いのじゃ。むしろ弟子の成長をこの目で見られて僥倖ぎょうこうというもの」
「そんな……」

 僕にしてみれば、筋骨隆々のアルに、師匠が粉々にされて終わるだけのような気がしてしまう。

 気付けば、イスハークが僕の隣に並んでいた。

「柚様。ムガール師範が仰っている、『アーシー』というのは、アル様の幼名ようみょうの呼び名なのですよ」
「アーシー……。名前がアルなのに?」

 アーシーの「ア」はわかるが、サ行はどこから来たのだろう、と疑問を口にすれば、心なしかイスハークの顔つきが強張こわばった。

 なぜか一瞬、僕から目をらす。

「この国には、原型を留めないような幼名もございますから……。ともかく、御心配には及びませんよ。お二人とも相手に怪我をさせるような、生半可なまはんかな腕前ではございませんから、ご安心ください」

 イスハークは不安げな僕を安心させるように微笑した。

「それに、アル様も、親同然の師とはいえ、幼名を連呼されては、黙ってはいらっしゃいませんでしょう」
「あ……」
 ぴり、と空気の中に電流を含んだようなこの緊張は、師弟間に流れるにらみ合いから生まれているのだ。

「剣を取るんじゃ。アーシー。その腰にいたシャムシェール。よもや飾りではあるまい?」

「無論。俺が勝てば柚を返して貰う。ですが、貴方が勝てばどうなさる」
 アルは、剣のつかに手を掛ける。
 かつての師匠とはいえ、引く気はないらしい。

「さあてのう。何も要求するつもりはなかったが。それもまたつまらんじゃろう。そうそう、気の利く店番も手に入れたことじゃ。柚を連れて、世界中を旅するのも、悪くない話じゃ。のう? 柚」
「ランタン師匠……」

 片目をつむり、師匠はウィンクをしてみせる。

 しかし、アルはそれを師匠の茶目っ気とは取らなかったらしい。

「ならば、尚更、負けるわけにはいかぬな。柚は俺の花嫁だ」

 シャン、と刃音を立てて、アルはさやから剣を引き抜いた。

「さすれば、力尽くで奪ってみよ。青二才」

 アルは若き獅子の迫力で、そしてランタン師匠は老獪ろうかいな積年の重みを感じさせる笑みを浮かべた。

 両者はにらみ合って動かない。
 イスハークが審判よろしく前へと進み出た。

「では僭越せんえつながら、私が開始の合図を。この耳飾りが、地面に落下したときを開始とします」
 千夜一夜祭アルフ・ライラ・ワ・ライラでは、男性も着飾ることが多い。

 ぽってりとした丸みを帯びた、はすの形をかたどった、水晶にも硝子細工がらすざいくにも見える耳飾りを、イスハークは耳から外した。

 蓮に連なる宝石は銀細工ぎんざいくで、吉兆をあらわす盤長結ばんちょうむすび、その下には黒曜石こくようせきを思わせる粗削りな長い雫型しずくがたの宝石が連なる。ふさも付いており、煌びやかでありながら男性にも違和感のない品となっている。

 恐らくイスハークの持ち物の中でも高級品だ。
 本来なら地面に落とすことすら許されないに違いない。

 だが、イスハークにも有無を言わせぬ、言葉に出来ない決意の色があった。

 夜の砂漠の海に、白い蓮が一つ、音もなく静かに落ちていく。
 その光景は、まるで絵画のように見えた。

 とぷんと、蓮が海にみ込まれていく。

 それが、戦闘開始の合図だった。


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