不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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三十七、魔法使いの弟子

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「やれやれ。久々にうてみれば、ジジイとはな。随分ずいぶん生意気な口をくようになったものじゃ。なぁ? アーシーよ」

 今にもランタン師匠につかみかからんばかりだったアルは、雷に打たれたかのように棒立ちになった。

「まさか……!」

 そして、次の瞬間、アルは衣装が汚れるのにも構わずに、砂上に勢いよく片膝を突き、こうべを垂れた。

「ご無沙汰しております、先生。――いえ――師範。気付かなかったとはいえ、とんだご無礼を。過ぎた非礼をお許しください」

「――アル様!?」
 一体、何が起こったのだろうか。
 今しがた、アルはランタン師匠を責めていたのではなかったか。

 それだというのに、一転して、謝罪の限りを尽くしている。
 何がどうなっているのだろうか。
 アルの挙動に、僕はただおろおろとするばかりだ。

 遅れて、イスハークが息を切らし馬に乗ってやって来た。

「お待たせして、すみません。やっと追いつきました……!」
 イスハークは運動が苦手というわけではなかったはずだが、やはりタマに騎乗した、全速力のアルにはかなわなかったらしい。

 到着したイスハークは、主人が跪礼きれいしているさまに、目を丸くした。

「イスハーク。お前も覚えているだろう」
 アルが横目で問えば、みるみるうちにイスハークの目が大きく見開かれる。
「貴方様でしたか……!」

「アル様、一体どういうこと……!?」
 ランタン師匠にうながされて、アルは立ち上がった。

 そして、悪戯いたずら見咎みとがめられた少年のように、罰が悪そうに告げた。

「柚、この方は元王室付き剣術指南役けんじゅつしなんやく、ユーフォルビア・ムガール師範だ。国内最強の剣士で、右に出る者は居ない。俺も親父も、そして祖父も、師範に剣術を教わった」

「剣術……師範……!? 国内最強の剣士!? ランタン師匠が!?」
 僕はあんぐりと口を開ける。

 ランタン師匠と言えば、テントの設営にも苦労する御老体なのだ。
 もともと、師匠に声を掛けたのだって、お店の準備が大変そうだったからだ。

 まだ信じがたい僕に、師匠が苦笑する。
「なに、若い時分の話じゃ。今はただの老いぼれじゃよ。寄る年波には勝てんと、最近特に身に染みておる」

 アルはまったく信じぬという顔つきだ。
「現役の際、俺は貴方から殆ど一本も取れなかった。貴方から一本を奪える剣士の名も聞いたことがない」

 あのアルが、ごろつきたちをいとも簡単にやっつけてしまった屈強なアルが、ランタン師匠から一本も取れない……?

 鬼のように強いアルと、腰が痛いのう、とこぼす師匠のイメージが強く、まるで想像が追いつかない。

「どうして一介の商人の真似事などなさるのです。ご連絡下されば、貴賓きひんとして、部屋も、席も用意させましたものを」

 アルは語気を荒くする。
 確かに、それほど凄い人が千夜一夜祭アルフ・ライラ・ワ・ライラで、ただトルコランプを売っているだけというのも不自然だ。

 師匠は、雲一つない、満天の星が輝く夜空を見上げた。

「ワシがお主らの師範だったのは、遠い昔の話じゃて。今はもうこの手を離れておる。今回は偶然、風の便りに愛弟子が祭事の剣舞をすると聞いたものでな。一目見られればと思い、ふらりと参上したまで。それだけのことじゃ。可愛らしい店番も見つかったしのう」

 師匠は、愛弟子であるアルを見に、はるばるやって来たのだ。
(それなのに、アルの晴れ姿を見て来るといいと、僕に譲ってくれたんだ……)

 事情を知らなかったとはいえ、申し訳なさが込み上げる。

「ところで、我が愛弟子、アーシー、、、、よ。ワシが柚を連れて行くことに何か問題があるようじゃが。はて。一体どういう関係かのう」

 そらとぼけたように言う師匠に、イスハークが拝礼して師匠に何ごとかを耳打ちする。

「ははあ。なるほど。イスハーク、説明ご苦労。ならば、アーシー。ワシと一つ勝負といこうかの。それが、姫を奪いに来た王子の道理じゃろうて。そうじゃのう、ワシはめ、悪い魔法使いといったところか」

「師範……。しかし」
 アルは剣呑けんのんな面持ちで眉根を寄せている。

「柚はワシのことをよく魔法使いと言うんじゃ。弟子のお前も、魔法が使えるかどうか、とくと見てやろうぞ」


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