37 / 225
三十七、魔法使いの弟子
しおりを挟む「やれやれ。久々に会うてみれば、ジジイとはな。随分生意気な口を利くようになったものじゃ。なぁ? アーシーよ」
今にもランタン師匠に掴みかからんばかりだったアルは、雷に打たれたかのように棒立ちになった。
「まさか……!」
そして、次の瞬間、アルは衣装が汚れるのにも構わずに、砂上に勢いよく片膝を突き、頭を垂れた。
「ご無沙汰しております、先生。――いえ――師範。気付かなかったとはいえ、とんだご無礼を。過ぎた非礼をお許しください」
「――アル様!?」
一体、何が起こったのだろうか。
今しがた、アルはランタン師匠を責めていたのではなかったか。
それだというのに、一転して、謝罪の限りを尽くしている。
何がどうなっているのだろうか。
アルの挙動に、僕はただおろおろとするばかりだ。
遅れて、イスハークが息を切らし馬に乗ってやって来た。
「お待たせして、すみません。やっと追いつきました……!」
イスハークは運動が苦手というわけではなかったはずだが、やはりタマに騎乗した、全速力のアルには敵わなかったらしい。
到着したイスハークは、主人が跪礼しているさまに、目を丸くした。
「イスハーク。お前も覚えているだろう」
アルが横目で問えば、みるみるうちにイスハークの目が大きく見開かれる。
「貴方様でしたか……!」
「アル様、一体どういうこと……!?」
ランタン師匠に促されて、アルは立ち上がった。
そして、悪戯を見咎められた少年のように、罰が悪そうに告げた。
「柚、この方は元王室付き剣術指南役、ユーフォルビア・ムガール師範だ。国内最強の剣士で、右に出る者は居ない。俺も親父も、そして祖父も、師範に剣術を教わった」
「剣術……師範……!? 国内最強の剣士!? ランタン師匠が!?」
僕はあんぐりと口を開ける。
ランタン師匠と言えば、テントの設営にも苦労する御老体なのだ。
もともと、師匠に声を掛けたのだって、お店の準備が大変そうだったからだ。
まだ信じ難い僕に、師匠が苦笑する。
「なに、若い時分の話じゃ。今はただの老いぼれじゃよ。寄る年波には勝てんと、最近特に身に染みておる」
アルはまったく信じぬという顔つきだ。
「現役の際、俺は貴方から殆ど一本も取れなかった。貴方から一本を奪える剣士の名も聞いたことがない」
あのアルが、ごろつきたちをいとも簡単にやっつけてしまった屈強なアルが、ランタン師匠から一本も取れない……?
鬼のように強いアルと、腰が痛いのう、と零す師匠のイメージが強く、まるで想像が追いつかない。
「どうして一介の商人の真似事などなさるのです。ご連絡下されば、貴賓として、部屋も、席も用意させましたものを」
アルは語気を荒くする。
確かに、それほど凄い人が千夜一夜祭で、ただトルコランプを売っているだけというのも不自然だ。
師匠は、雲一つない、満天の星が輝く夜空を見上げた。
「ワシがお主らの師範だったのは、遠い昔の話じゃて。今はもうこの手を離れておる。今回は偶然、風の便りに愛弟子が祭事の剣舞をすると聞いたものでな。一目見られればと思い、ふらりと参上したまで。それだけのことじゃ。可愛らしい店番も見つかったしのう」
師匠は、愛弟子であるアルを見に、はるばるやって来たのだ。
(それなのに、アルの晴れ姿を見て来るといいと、僕に譲ってくれたんだ……)
事情を知らなかったとはいえ、申し訳なさが込み上げる。
「ところで、我が愛弟子、アーシーよ。ワシが柚を連れて行くことに何か問題があるようじゃが。はて。一体どういう関係かのう」
そらとぼけたように言う師匠に、イスハークが拝礼して師匠に何ごとかを耳打ちする。
「ははあ。なるほど。イスハーク、説明ご苦労。ならば、アーシー。ワシと一つ勝負といこうかの。それが、姫を奪いに来た王子の道理じゃろうて。そうじゃのう、ワシは差し詰め、悪い魔法使いといったところか」
「師範……。しかし」
アルは剣呑な面持ちで眉根を寄せている。
「柚はワシのことをよく魔法使いと言うんじゃ。弟子のお前も、魔法が使えるかどうか、とくと見てやろうぞ」
51
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
鳥籠の中の幸福
岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。
戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。
騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。
平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。
しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。
「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」
ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。
※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。
年の差。攻め40歳×受け18歳。
不定期更新
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
