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四十五、草原からの使者【Ⅵ】忘れじの春 《過去篇完結》
しおりを挟む※注意※無理やり、また男女の乱交、モブ姦を含むシーンの描写があります。大丈夫な方のみ本文へお進みください。
――ここからは伝聞になる。
思いがけないほど深く寝入ったイシュタルは、夜中に籠のようなもので、どこかへ運ばれている途中で気がついた。
『な、んで……。ユフィは……?』
王宮は完全警護。
およそ外敵は考えられない。
『お静かに。騒がれては困ります』
そうして、また眠り薬のようなものを嗅がされ、意識を失った。
そして再び目を覚ますと、誰かの寝所だった。
すべてが薄暗く、誰が何人居るのかも判然としない。
麝香が強く焚かれたその寝室で、あろうことか自身の陰茎がぬめったものに埋められている。
『な……これはっ……っ!』
周囲には、イシュタルの身体を支える為の男性三、四人が取り囲み、ぬめった湿原を行き来させられた。
『イシュタル様、ようやく目覚めになられたのですね』
顔の前に布を垂らした男たちが数人、イシュタルに鼻息荒く問い掛けた。
そして、精気を欠いたイシュタルのペニスを力強く擦り、勃起させる。
イシュタルは突然のことに事態の把握も出来ず、室内に焚かれた麝香に酔い、身体の力も入らない。
それはもはや誰かの意志で動かされる傀儡だった。
しかし、身体だけは、強制的に快楽に導かれた。
『ふ……っア! ひぅっ、いや、ぁっ。やめ……っ』
『イシュタル様、どうして御子を為されぬのですか。貴方様の美貌を、その遺伝子を、後世に伝えぬのはもはや慢心というもの』
『そんなの、知らな……っあ!』
白皙の首筋、乳首は見知らぬ男たちに弄ばれ、陰茎の埋めた先を見やると、くすりと強気に笑う、どこかで見た女性が目を眇めた。
紅の濃い、その女性は確か右大臣の――
自身の子を王座に就けたいという、強欲な血筋の者たちではなかったか。
そして、『イシュタル様』と、イシュタルを愛撫し、狂わせ続けた男たちは恐らく、イシュタルの美貌という毒に冒された一派と思われた。
以前よりイシュタルを神の如く崇めている、狂信的な信者が居ると聞いたことがある。
彼らはイシュタルを崇拝するだけに留まらず、その遺伝子を受け継いだ子を為せと、朝廷を煽り立てていた。
そこに、強欲な右大臣が絡んだがゆえに、謀略が実行に移されてしまった。
あとからの調査によって、イシュタルの子種を欲する者たちが一時的に結託したことが発端だと判明した。
しかし、イシュタルにとっては自分の身体を良いように扱われ、犯されたも同じだった。
『あっン! んぅっ、やめ、っ嫌、だ、ぁ……っ!』
力の限り、イシュタルは抗った。
しかし、華奢で身体の弱いイシュタルの抵抗など、大の男にしてみれば小鳥の羽搏き程度だ。
『何と愛らしい肢体。愛らしい御尊顔だ。頬をこのように桃色に染めなさって……』
『乳首もまさに神の至宝! 宝石のような美しさではないか。はじめはふにふにと柔らかくいらっしゃったのにこれほどまでに固く尖らせて……』
『見よ、白い肌もすべすべで、吸い付くような肌質よ。神話の女神でもここまでではあるまいて』
そこかしこを、見知らぬ男たちに愛撫され吸い尽くされる嫌悪感と、言うことを利かない身体が恨めしい。
涙声で、イシュタルは喘いだ。
『も……っ、いや、ぁ……っはな、してぇ……っ。あっあっ』
『ほれもっとお鳴きになっても良いのですよ。何と耳に心地よい』
『小鳥の囀りのようだの』
『や、らぁっ、たす、け……、ゆ、ふぃ……ユフィ……っ!』
伸ばした手の先にユーフォルビアはいない。
『あの異人の小僧を、それほどまでに重用なさるとは。奴のせいで、我らの計画は変更を余儀なくされたのですぞ』
『四六時中、イシュタル様に付きまといおって、目障りな奴よの。やたらめったら強いせいで、迂闊に手も出せぬ』
『嫌だっ……! たすっ、け、……ユフィ……っ!』
イシュタルは何度もユーフォルビアの名を呼んでいたと知った。
そのときの、名状しがたい、今すぐにその者を手に掛けたいという憎悪の念は、後々までユーフォルビアを脅かした。
この件を機に、ユーフォルビアは激しく肺を病んだ。
十五の時に出逢い、五年目の春を迎えようとしていた。
しかし、イシュタルは五年目の春を見ることなく、逝った。
まるで満開の桜が、散っていく速さにも似ていた。
イシュタルは図鑑を広げて、植物を見ることが趣味だった。
病牀にあって、それは変わることがなかった。
「ユフィ、春に咲くサクラという花が、日本にあって、それはそれは美しいらしいよ」
見せられた写真は、薄い桜貝のような花びらが、見事に咲き誇っていた。
「これは眩いばかりじゃのう。まるで桃源郷じゃ。こんな場所があるのか」
「ね、凄いでしょう。僕が元気になったら、一緒に桜を見に行こう」
重い病で、政務から解放されたイシュタルは、そう言って微笑んだ。
その微笑は相も変わらず美しかったが、唇は青白く、ときに喀血することもあった。
それは、もう既にイシュタルの余命が幾ばくも無いことを、告げていた。
五度目の春を、イシュタルは越えられない。
「ああ。そうじゃのう……。きっと、間近で見れば、もっと美しい」
「約束だよ。ユフィ」
十五のときに出逢ったように、二人は秘密基地でするように小指を絡ませた。
ユーフォルビアは、初めて、イシュタルに口付けた。
「……ユフィ……」
イシュタルの表情が、驚きからくしゃりとした笑み、そして涙へと移り変わる。
「ダメだよ……。伝染っちゃう……」
「お主のおらぬ世界など、ワシも用はない」
イシュタルを強く抱き寄せた。
「このまま、二人でどこかへ……消えてしまいたい……」
痩せ細ったイシュタルは、震える手で、ユーフォルビアに縋った。
「君が、好きだよ。ユフィ。君が――大好きだよ。誰よりも、愛している」
「イシュタル……」
「だからもう、君には会わない。去り行く僕が、いつまでも君を縛り付けるわけにはいかないから」
「――イシュタル!」
「今まで、ありがとう。ユフィ」
大粒の涙を滴らせて、イシュタルの唇が動いた。
それは、「さようなら」の形をしていた。
以来、ユーフォルビアはイシュタルに逢うことは叶わなかった。
一か月後、息を引き取ったイシュタルに再会するまでは。
イシュタルは、ユーフォルビアにとっての春だった。
酷く短く、酷く美しい。
桜が蕾をつけ、咲き誇り、そして十日と足らず逝ってしまうかのような。
あの春を、忘れない。
忘れじの春。
あれから幾度もの春が廻った。
しかし――この胸に未だ、桜は芽吹かない。
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