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四十七、暗闇の接吻
しおりを挟む主導権はすぐに奪い取られた。
触れるだけの口付けは、アルには物足りなかったらしい。
「こんな場所で、まったく大胆だな」
僕にだけ聞こえるような声でそう告げる。
半開きの僕の唇の中に、アルは舌を押し込むようにして分け入った。
沸騰しそうな舌が、咥内で僕の舌を探す。
すぐに絡め取られた僕の舌は、アルの舌に囚われた。
じゅうと抱き締めるように吸われれば、水音だけではなく声すら漏れる。
くち、じゅ、と淫猥な音が耳を犯す。
(あ、アル……っ! イスハークや師匠たちも居るのに……!)
二人は僕たちより若干離れた場所に居るが、それでも殆ど距離はない。
バレるのは気まず過ぎる。
というか、砂嵐の非常時だ。
こんなことをしている場合ではないというのに。
(これ以上はダメだって……! アル!)
視線で訴える。
けれど、アルの逞しい腕は僕を離してはくれなかった。
逢えなかった時間を取り戻すかのように、アルは僕の中を容赦なく暴れ回る。
柔い粘膜を擦り合わせ、舌を絡め、歯列を舐め上げる。
背中がぞくぞくとして思わず身体が跳ねる。
快感に、身体が弓なりに反ろうとするが、アルはそれを許さなかった。
後頭部もろとも、身体ごと、僕をきつく掻き抱く。
「……っぁ、ふ……ん、う……っ!」
必死に声を押し殺す。
中途半端に身体が火照り、中心部がじんと疼いた。
(聞こえ……ちゃ……っ!)
涙目で、離してくれないアルを睨む。
しかし、正直なところ、快楽の火を点けられた身体はこのまま放り出される方が辛い。
アルは「しぃ」と唇に人差し指を立てた。
僕は今、アルに押しつぶされるようにして抱き締められている。
しかし、アルは覆いとなっている天幕を指した。
耳を澄ませると、ごおお、という轟音が聞こえた。
日本でも、酷い台風の時は地表が鳴る。
規模は違うが、それと同種のような風と砂のつぶてが、ひっきりなしに天幕にぶつかってバチバチと音がしていた。
天幕を突き破りそうなほど、砂を含んだ重い雨は、自然の恐ろしさを感じさせる。
(砂嵐がこんなに怖いものだなんて……)
ラクダと、天幕がなければとんでもないことになっていた。
もはやただの嵐とも雨とも違う。
傘など殆ど役に立たないだろう。
――この様子なら、接吻の音が聞こえることはない。
そう思った直後に、アルの声が聞こえた。
「この音だ。どうせ聞こえぬ」
思わず吹き出しそうになった。
「今、同じことを、考えていたよ」
アルと一緒に居るうちに、少しずつ似て来たのかもしれない。
だとしたら、きっと別れは今までよりも辛いものとなるだろう。
(別れる? アルと?)
折角会えたかと思えば、僕はもう別れを気にしている。
雨の中、囁くようにアルは僕に問いかけた。
「どうした、浮かない顔だな」
「結局、僕はアスアド様のところには行けないんだなって思って」
沈黙が落ちる。
外のざあざあと降る雨のせいで、一晩経つと、砂漠は海になるんじゃないかと思ってしまう。
アルは無言だ。
何かを思案している。
アスアドのところに行きたいように聞こえてしまったのだろうか。
「ごめんね、アル。違うんだ。――僕は」
そろそろ、決着を着けるべきときかもしれない。
いい加減、身に染みている。
僕は、アルと離れたくない。
最大の禁忌――アスアドに、婚約破棄を、伝えることは出来るだろうか。
(けれど……この婚約は必要なものだ……。でなければ、僕は何の為にここまで……)
アスアドに伝えることがある。
とにもかくにも、アスアドには逢わねばならない。
アルは不穏な笑みを浮かべた。
「良いぞ。望み通り、アスアドに逢わせてやる」
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