不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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四十八、不吉の化身

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「良いぞ。望み通り、アスアドに逢わせてやる」

「え、えぇっ!?」
 ダメもとで伝えたことに、まさか承諾しょうだくされるとは思わなかった。

「良いの!?」
「何故そんなに驚いている。俺も今回の件は柚の気持ちをもっと考えるべきだった。――だからこそ、黙って屋敷を出たのだろう? アスアドに、逢う為に」

「そ、れは……」
 確かにそういった面もある。

 しかし、これ以上アルの側に居ると、アルを好きになってしまうから、僕は屋敷を出た。

 こうして結局アルに捕まっているわけだが。

 気が付けば、外の様子が少し落ち着いて来ている。
 ランタン師匠が僕らに向かって声を掛けた。

「どうやら風も収まってきたようじゃ。一度外に出てみるかの」

 天幕には、信じられないほどの砂が溜まっていた。
 まるで砂場に埋まっていたのかと思うぐらいだ。
 大量の砂を落とさねば外に出られない。

 砂を払い、咳込せきこみながら外に転がり出た。
 先に外に出たアルが、手を引いてくれる。

 布で、口元をおおうよう指示して貰ったので、少しはマシだ。
 口元が多少じゃりじゃりするが仕方ない。
 まだ砂塵さじんは舞っていたが、砂嵐は通り過ぎて行ったようだった。

 遠くを見るように額に手を当て、アルは呟く。
「こんなに酷い砂嵐は久々だ。しかも祭りの日になど」

 同じく、イスハークがけほ、と咳込みながら呟いた。
「祭りの日にこのような天災、御父君に縁起が悪いと取られなければ良いのですが……」

 ふ、とアルは嘲笑する。
「女神ヘーラーの怒りだと、か? こんな色男に神事をさせておいて、それは贅沢ぜいたくが過ぎるというものだろう。ならば来年は凡百ぼんびゃくの男にさせるが良いだろうよ。――逆に今年の祭事が俺で良かったな。今年初めての者が担当であれば、不吉のそしりをまぬがれなかっただろう」

「もしかして……僕のせい?」
 祭りの日に砂嵐が起きることは滅多にないという。
 加えて、アルが祭事を担当した年はいずれも良い年ばかりだったはずだ。
 それが、どうにも引っ掛かった。

 アルが僕を追い掛けて来たタイミングは、思っていたよりずっと早かった。
 アルは、祭事のすべてに出席出来たのだろうか。

「ねえアル。お祭り、最後までお務めを果たせた?」
 少しの沈黙のあと、アルはかぶりを振った。

「いや。最後の挨拶と、閉幕の賓客ひんきゃくへの挨拶回りはすっぽかした」
「それだ……! 僕なんかを追ったせいで……」

 もし祭事に女神ヘーラーが降りて来ていたなら、アルが祭事の神官となった年に、いとが祭りの最中に居なくなれば、怒りも大きくなるだろう。

 がたがたと震える僕に、アルは凛とした声音で告げた。
「大丈夫だ。柚。祭りを退出したのは、俺の意志だ。罰は俺にくだる。俺は強運なんだ。そう心配するな」
「でも……!」

 アルにすがりつく。とんでもないことをさせてしまった。
 僕が祭りの最中に逃げ出したりしなければ。

 ――こんな不幸を、呼び寄せることもなかったのに。

「柚様。災害は時を選びません。偶発的ぐうはつてきに起こる出来事です。それゆえ、決して柚様が原因などではありません。――ほら、タマもそう言っていますよ」
 イスハークも、優しく僕の肩に手を置いてくれる。
 砂嵐の間大人しくしていたタマは、ぐるぐると喉を鳴らして、僕に身体を擦り寄せた。

「お前のせいなんかではない。柚。これは偶然、そうなったに過ぎないのだ。だから気落ちするな」
 アルは、穏やかに僕に笑い掛ける。

 まだけぶる黒い空を見上げた。

 ――本当に偶然だろうか。

 これまで祭事の日に天災などなかった。
 それが、突然起こった。

 アルが祭事につつがなく参加している最中は、月まで出ていたのだ。
 それが、僕を追い、役目を放棄ほうきした途端、急変した。

「僕のせいだ……」

 僕にだけはわかる。
 これまで、僕という人生を生きて来た僕にだけは、その原因が自分にあることを、断定出来た。

 以前にも、僕は同じような思いを味わっている。

「ごめんなさい……」

 砂嵐が現れた方角に祈る。

 どうか、この国の人たち、イスハークや、そしてアルに、これ以上悪いことが起こらぬよう、僕は祈ることしか出来なかった。
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