不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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四十九、フフーフへの別れ道

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「この場所からなら、フフーフの方が近い。ひとまずそこに向かおう」
 夜明け前、アルが宣言するとイスハークは頷いた。
「そうですね。その方が良いでしょう」

「フフーフって?」
 聞き慣れない言葉だ。
 イスハークは丁寧に教えてくれた。

「フフーフと言うのは、街の名前です。ホフフともホフーフとも言います。貿易がさかんな海沿いの町で、アル様の別荘があるんですよ」
「別荘……」

「今帰ったらクソ親父に絞られるだけだろ。それにどうせなら近い方がいい」
 憮然ぶぜんとしてアルは言い放った。
「アル様……。やはり本音はそこでしたか……」
 イスハークがあわれむような視線を向けると、アルはむくれる。

「あのなぁ。流石さすがにそれだけじゃない。アスアドと落ち合うんなら別荘の方が人目もなく便利だ。あいつもこっちの方が近いだろう」

 あごに手を当て、イスハークは唸った。
「確かに……。後々のことを考えると、アル様の仰る通りです。一旦フフーフに行きましょう」

(もしかしてアルは、アスアドが住んでいる場所を知っているのかな……? 随分気安そうな関係だけれど……)

 おもむろに、ランタン師匠が口を開いた。
「残念じゃが、ワシは別方向じゃの。行くところがあるでの」

 てっきり全員で向かうと思い込んでいた僕は呆然とした。

「ランタン師匠、一緒に行けないの……?」
 しばらくの間は共に行動すると思っていたもので、動揺どうようを隠せない。
 アルとイスハークは聞き及んでいたようで、驚くこともなかった。
「――墓参りか」
「……そうじゃ」

 師匠はどうやら誰かのお墓参りに行くために、抜けるとのことだ。
 アルは静かに告げた。

「祖父によろしく伝えてくれ」
「馬鹿者。お主は自分で行くが良い。――まあ、お前が期待に足る世継ぎになったことは――伝えておこう」
 ランタン師匠は静かな声で言った。

(アルのおじいさん、か)
 もう亡くなっていたとは、意外だ。
「湯浴みや食事などは。せめてもそれぐらい、歓待させていただきたいのですが」
 イスハークが誘うも、師匠は既に荷物を背負い、出発しようとしている。

「馬鹿弟子の晴れ姿を見に来ただけじゃからの。気遣いは無用じゃ。良い店番も見つかったことだしの」

師匠は少し名残惜しそうな笑みを浮かべて僕を振り返った。

「あの、師匠。一つ聞いても良いですか。気になっていることがあって」
「うむ。何でも聞くが良い」

 こんなこと、もしかしたら取るに足りないことなのかもしれない。
 しかし、あの一瞬が、どうしても引っ掛かっているのだ。
 今を逃せばもう答えはわからないかもしれない。

「師匠がアル様と戦うとき、微笑したように見えて。戦いの前に似つかわしくない、ひどく穏やかな顔つきでした。……あれは……もしかして故郷を、思い出していたのですか? まるで、草原に居るような、そんな顔つきだったので……」

 ランタン師匠は目をみはって、言葉を失った。

 ――ユフィの剣技、戦う前に気を静める為か、深呼吸をするよね。そのとき、僕にも、ユフィの思い浮かべている草原が見える。訪ねたことのない君の故郷に、僕も一緒に行けた気がするんだ。
 ねえ、ユフィ。あの一瞬の時間に、君は何を想う?

 ランタン師匠は呆然と、手を震わせた。
「やはり……柚は酷く似ておる。――イシュタルと」

「……いしゅたる?」
もしかしたら、それがアルのおじいさんの名前なのだろうか。

師匠は僕の肩に手を置いた。

「柚。また逢おうぞ。達者でな」

「師匠も、どうか元気で……」
「柚、お主になら、ユフィじいちゃんと呼ばれても、構わんよ」
「ユフィ――じいちゃん……?」
 師匠――もといユフィじいちゃんは、片手だけを挙げて、ただよ砂塵さじんの中へと消えて行った。

 しるべとなる、トルコランプの明かりと共に。

 まだ空はけぶっている。
 昼夜感覚を乱す砂嵐は、酷く五感を鈍らせた。
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