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六十六、花嫁の宿命
しおりを挟むアスアドは、いかにも自然に僕を抱き寄せた。
強い意志がなければ、抗うことは難しい。
そう思わされるほど、アスアドの美貌は凄まじかった。
楚々とした美貌に浮かされて、あれよという間に話が進んでいってしまいそうだ。
「異論はないね。――行こうか。柚」
けれど、僕はそこから踏み出すことは出来なかった。
「――あの、一つ、尋ねても構いませんか」
月夜の下、いっそ寒々しいほどの風が吹き抜けた。
「何かな?」
アスアドは首を傾げる。
「もう――アル様に逢うことは、出来ないのでしょうか」
僕の結婚相手はアスアドだ。
そんなことはわかっている。
わかっているのに――聞かずにはいられなかった。
離れれば忘れられると思ったのに、この場所に来るまでも、そして来てからも、アルのことが頭から離れない。
目の前に婚約者であるアスアドが居るというのに。
不誠実な質問であることは、承知の上だ。
これから結婚する相手に、違う男に逢えるのかと尋ねる。
ふしだらで恥を知らぬ花嫁。
そうレッテルを貼られても仕方ない。
「――そういう質問は、感心しないね。柚。君はこれから、私の花嫁になるというのに」
ぴり、とどこか苛ついたようなアスアドの声が僕を刺す。
「承知しております。けれど――僕はアル様に、命を救っていただきました。この国に着いてから、誰にも頼れなかった僕を守り抜いてくれた。こうしてアスアド様にお逢いする手立ても整えていただきました。アル様には、これ以上なく恩義を感じています。
彼は、僕のことを誰より案じてくれた。その御礼も、何一つ出来ておりません。いつも、僕は迷惑を掛けるばかりでした。どうか、せめても、アル様にこれまでの御礼を返せるだけの機会を、与えて下さいませんでしょうか……!?」
またアルの顔が見られるのなら。
声が聴けるのなら。
その日を恃みに、僕は生き抜いていけるだろう。
僕は、決死の形相であったに違いない。
静かな夜に、耐えがたい沈黙が下りた。
「皆、そんなに――あの男がいいか」
アスアドが昏い表情で呟いた言葉は、風の音で聞こえなかった。
「……え?」
「よく考えてみると良い。日本にも、大奥、という制度があったろう。言わば後宮はそれに酷似している。男子禁制の、秘匿された花園。たった一人の男の為に、集められた花嫁たちだ。
私は特段、相手に男女の区別はつけないから男女ともに花嫁を迎えている。しかし、中で男女の花嫁たちの行き来は、ある程度制限している。万一にも間違いが起きないとも限らないからね。
そんな中で、外の男に、花嫁を逢わせることが容易いと思うかい?」
僕はぎゅうと目を瞑った。
やはり、難しいのだ。
アスアドの花嫁となれば、アルには二度と逢えない。
それだけが、僕に提示された真実だった。
「式典の際に、アルの顔を見かけることぐらいはあるかもしれない。しかし、定期的に顔を見て話すことは無理だ。諦めなさい。アルへの礼は、また私の方から何か見繕って、柚の顔に恥じない高級な品を送っておく。
私は柚を信用していないわけではない。だが――ここまで来た以上、婚姻は、避けられない」
その場に思わずへたり込みそうになった。
バカな質問をしてしまった。
これでは、アスアドを失望させただけだ。
「は、い……。非常識なことを伺ってしまい、申し訳ありませんでした……」
「さあ、立って。柚。もう遅い時間だ。早く行かねば、婚姻の儀に間に合わない」
いよいよ、本当に、アスアドと僕との婚儀は、すぐ目の前に迫っていた。
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