74 / 225
七十四、七日間の禊(5)
しおりを挟む僕が、アルの名前を呼んだ途端に、アスアドの顔色がさあっと変わった。
「――柚。君、もしかして今、アルの名前を呼んだ?」
間髪入れずに、アスアドは無理やり僕を顎を掴んだ。
「んぐっ!」
乱暴な仕草に、僕は咳込みそうになる。
「閨で、夫以外の名前を呼ぶなど言語道断だよ。君の生涯の花婿の名前を、じっくり教えないといけないかな……」
アスアドは何かに焦れているように見えた。
得体の知れないものに追われているようで、様子がおかしい。
しかし、僕はもう、わかってしまった。
気付いてしまった。
僕には、アル以外、受け入れることは出来ないということ。
僕が、望んだ未来は、こうではなかったはずだ。
例えどんな体質であろうとも、アルが受け入れてくれるのなら。
望んだ未来を口にしなければ、きっと変わらない。
「アスアド様。僕はやっぱり――貴方の花嫁には、なれません」
アスアドが、スローモーションのように、夕陽色の瞳を見開いた。
その口元が動く瞬間、七日間、決して開くはずのない部屋の扉が、轟音と共に開け放たれた。
ドォン、と天井まで続く扉が乱暴に放たれるさまは、地響きにも似ていた。
「な……っ!! 見張りはどうした!! 七日間は決して開けてはならぬと、言い渡してあるはずだ!」
アスアドがつんざくような叫び声を上げる。
しかし、逆光になっている為、誰が扉を開けたか影になって見えなかった。
影になった人物は、革靴なのか音を響かせながらこちらに近付いてくる。
僕の耳に、泣きたくなるほど焦がれた声が聞こえた。
「俺が命令した。アスアド。いや、偽アスアド。柚を離してやってくれ」
コツコツ、とこちらに向かって歩いて来る人物が月明かりの中少しずつ明らかになる。
絹のような夜明け色の長い髪、小麦色の逞しく厚い身体、女神に愛される端正な顔立ち。世界中の美男を集めたとしても、彼に敵うものは居ないだろう。
紛れもない、砂漠の王者の風格。
すべてを兼ね備えた、完全無欠の王。
砂漠の王は、獅子のように吼えた。
「柚。無事か!? 俺だ。アルだ!」
僕は声を張り上げた。
「アル! ここだよ! ここに居る! 縛られて動けないんだ!」
「な……に?」
アルの殺気立った声が聞こえた。
「ナースィフ!! 一体これはどういうことだ!!」
「――ナースィ、フ……?」
アルは確かに、目の前のアスアドに向かって、ナースィフと呼び掛けた。だが、ナースィフの名前に違和感を覚えているのは、どうやら僕だけらしい。
「一体、何の話……?」
両者一歩も動かぬ膠着状態であった。
79
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
