不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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七十五、王の器

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「ナースィフって……誰……?」

 アルはそれには答えず、慎重に一歩を踏み出した。
 それが間合いというものなのだろうか。

 まるでその場から動けば、僕を取り戻せないかのように。
 アルは、腰に長い剣をたずさえていた。

「ナースィフ。柚を解放してくれ。今回のことは、俺がすべて罪を被る。俺が浅はかだった。考えなしだった。幼い頃から、お前は何でも受け止めてくれると信じて、甘えすぎた結果だ。万一のため、許可を得て、兵の一部を借り受けている。俺のすぐ後ろに待機させてある。抵抗は――無駄だ。次期国王であるお前に、やいばを向けるのは忍びない」

「アスアド様が……? 次期……国王……?」
 やんごとない身分であるとは聞いていたが、思ってもいなかった事実に、僕は驚きに目を見開いた。

 しかし、それでも何が何やら、まったくわけがわからない。

 沈黙していたアスアドは、くだらないとでも言うように、鼻でわらった。
「誰も、この国の誰一人、私に国王を継がせるつもりなどあるまい。それぐらい私とてわかっている」

「そんなことはない! 王族直系第一子であり、長男。お前は紛れもない、次期国王だ」

 言い募るアルに、アスアドは諦めたような笑みを浮かべた。
 まるで強情な子どもに言い聞かせるかのように。

「そう思っているのは、お前だけだよ。父も――国王も、私を玉座にえる気などさらさらない。そうでなければ、こんな海辺の辺境地に、私を追いやったりはしないさ」

 アルはにわかに鼻白んだ。
「それは……っ、我が国の国防のかなめである、海沿いであるという重要な位置だからだ。よほど信じている者にしか、任せられない」

「それは詭弁きべんだな。他国の侵入を食い止めるという意味では、確かにここは最適だろう。しかし、裏を返せば、最も敵に狙われやすいということでもある。いの一番に占拠せんきょされるであろうことを思えば、まずもってこれほど危険な場所に、次期国王を配したりはしない。

――私はね、アル。国王にとっていくらでも替えの利くこまなのだよ。そして、それがわからないお前ではないだろう?」

 アルは、両脇で握り拳を作った。
 その手は、小刻みに震えていた。

「違う……っ。兄さんは、次期国王だ。そうでなければ――俺と争う立場でなければ……俺は」

 ふ、とアスアドは口角を上げた。
「昔を思い出すね。アルはいつも、我儘わがままで、嫌なことは絶対嫌だと強情で、そのくせ、周りを振り回して。けれど、誰もそんな君を憎めなかった。私も含めて、ね。そして――お前は誰からも愛されている。昔も。今も」

「そんなこと……」

 どうしてだか、アルが一瞬、小さな男の子に見えた。

「私の欲しいものはすべて、アルが持っている」

 ね、とアスアドは、今生で最期のような、柔らかい微笑みを浮かべた。

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