76 / 225
七十六、王の器(2)
しおりを挟む「ナースィフ……?」
不穏な笑みに、アルは身体を強張らせた。
「私の欲しいものはすべて、アルが持っている。だから――どうかな。柚だけは、私に譲るというのは」
「なっ……!」
虚を突かれたらしいアルは、その場で絶句する。
「元より、私は玉座に就くつもりなどないよ。すべてを、アルに譲るつもりだ。地位も、財産も、好きにすると良い。しかし――この血統だけは、絶えさせるつもりもない。後宮は存続させる。そこに柚を加えたいのだ」
「馬鹿な! 既に三百人から居る後宮に、今更柚が必要なものか。冗談も大概にしろ」
アルは激昂している。しかし、アスアドの冷たい氷のような決意は、溶かすことが出来なかった。
「後宮の人数が、何か関係するかい? 数多く居るから、それは真実の愛でないと? 王族は元々、その血統を守るために一夫多妻制。王の血筋を愚直に守ろうとしている正統な行動だ。未だ一人の妃さえ迎えていないお前よりは、私に軍配が上がるだろう。唯一、私の方がお前よりリードしている部分とも言える」
「それは――」
「学問も、武道も。そして玉座と財産さえ、お前に譲ると言うのだ。私は何も望まない。それだというのに、この花嫁たった一人さえ、私には渡さないつもりか? ならば――こちらにも考えがあるというもの」
アルはハッとして、何かに気付いたようだった。
語気を荒くして、訴える。
「まさか……青都左軍を動かすつもりか。内紛になるぞ!」
(――嘘)
イスハークから、軍がどのように配置されているか、以前に少しだけ聞いていた。
今、この国を守っている軍は大きく三つに分かれている。
現在、アスアドが有しているのは、海辺の青い都――青都左軍という、国内で二番目に大きな組織である。
国防の要とあって、国内でも更に精鋭が配置されている。侵略者への対処とあって、攻撃力に優れ、血気盛んな者が多い。
国が平定される前に海を荒らしていた元海賊も、その多くが腕を買われ、現在は青都左軍に所属しているという。
「そちらには黒都首軍が存在する。国の中枢を守る、最大規模にして最強の武神が多数在籍している。迎え撃つに、何の問題もないはず」
国の中枢には、黒都首軍が守りを固めている。
別名――沈黙の黒軍。
堅牢な守りと、厳しい軍律。
完璧に訓練された彼らは、まるで城塞のように堅固で無機質。
合図がなくとも、例え耳が聞こえず目が見えずとも任務を全うするだろうという、畏怖の念からそう呼ばれている。
アルはこれまでにない凄まじい剣幕で牙を剥いた。
「ならぬ!! 国の危機ならいざ知らず、王宮内部のいざこざで、民が争うなど、あってはならぬことだ!! 俺は断じて黒都首軍を動かす予定はない。そんなことは、言うまでもなく承知しているはずだ!!
――これはお前と俺が、この場において、片を付けねばならぬことだ」
王者の眼差しが、アスアドを、まっすぐに射る。
それは逃れられぬ神の裁きのようですらあった。
「……お前なら、きっとそう言うと思っていたよ」
アスアドは、諦めたような笑い声を洩らした。
「これ以上の問答をするつもりはない。柚は既に私のもの。現在は『禊』の期間中だ。婚姻も、もう済ませてある。外野が何と言おうとね」
66
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
鳥籠の中の幸福
岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。
戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。
騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。
平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。
しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。
「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」
ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。
※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。
年の差。攻め40歳×受け18歳。
不定期更新
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる