不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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七十六、王の器(2)

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「ナースィフ……?」
 不穏な笑みに、アルは身体を強張らせた。

「私の欲しいものはすべて、アルが持っている。だから――どうかな。柚だけは、私に譲るというのは」

「なっ……!」
 きょを突かれたらしいアルは、その場で絶句する。

「元より、私は玉座に就くつもりなどないよ。すべてを、アルに譲るつもりだ。地位も、財産も、好きにすると良い。しかし――この血統だけは、絶えさせるつもりもない。後宮ハレムは存続させる。そこに柚を加えたいのだ」

「馬鹿な! 既に三百人から居る後宮ハレムに、今更柚が必要なものか。冗談も大概にしろ」
 アルは激昂げっこうしている。しかし、アスアドの冷たい氷のような決意は、溶かすことが出来なかった。

後宮ハレムの人数が、何か関係するかい? 数多く居るから、それは真実の愛でないと? 王族は元々、その血統を守るために一夫多妻制。王の血筋を愚直に守ろうとしている正統な行動だ。未だ一人の妃さえ迎えていないお前よりは、私に軍配ぐんばいが上がるだろう。唯一、私の方がお前よりリードしている部分とも言える」
「それは――」

「学問も、武道も。そして玉座と財産さえ、お前に譲ると言うのだ。私は何も望まない。それだというのに、この花嫁たった一人さえ、私には渡さないつもりか? ならば――こちらにも考えがあるというもの」

 アルはハッとして、何かに気付いたようだった。
 語気を荒くして、訴える。
「まさか……青都せいと左軍さぐんを動かすつもりか。内紛になるぞ!」

(――嘘)
 イスハークから、軍がどのように配置されているか、以前に少しだけ聞いていた。
 今、この国を守っている軍は大きく三つに分かれている。

 現在、アスアドが有しているのは、海辺の青い都――青都左軍せいとさぐんという、国内で二番目に大きな組織である。
国防の要とあって、国内でも更に精鋭が配置されている。侵略者への対処とあって、攻撃力に優れ、血気盛んな者が多い。

 国が平定される前に海を荒らしていた元海賊も、その多くが腕を買われ、現在は青都左軍せいとさぐんに所属しているという。

「そちらには黒都こくと首軍しゅぐんが存在する。国の中枢を守る、最大規模にして最強の武神が多数在籍している。迎え撃つに、何の問題もないはず」

 国の中枢には、黒都首軍が守りを固めている。
 別名――沈黙の黒軍。
 堅牢な守りと、厳しい軍律。

 完璧に訓練された彼らは、まるで城塞のように堅固で無機質。
 合図がなくとも、例え耳が聞こえず目が見えずとも任務を全うするだろうという、畏怖の念からそう呼ばれている。

 アルはこれまでにない凄まじい剣幕で牙をいた。

「ならぬ!! 国の危機ならいざ知らず、王宮内部のいざこざで、民が争うなど、あってはならぬことだ!! 俺は断じて黒都首軍を動かす予定はない。そんなことは、言うまでもなく承知しているはずだ!! 

――これはお前と俺が、この場において、片を付けねばならぬことだ」

 王者の眼差しが、アスアドを、まっすぐに射る。
 それは逃れられぬ神の裁きのようですらあった。
 
「……お前なら、きっとそう言うと思っていたよ」

アスアドは、諦めたような笑い声を洩らした。

「これ以上の問答をするつもりはない。柚は既に私のもの。現在は『禊』の期間中だ。婚姻も、もう済ませてある。外野が何と言おうとね」
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