不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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八十六、黄蓋(2)

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 柱に隠れて笑いをみ殺していると、ちぢこまって説教をさせられていた黄蓋こうがいが、僕の首根っこを、猫ののように捕まえた。

「坊ちゃん。気付いているなら、助けてくれたって良いんですぜ? 坊ちゃんに見つかったせいで、ひでぇ目にった」

 まさかそんな場所を引っ掴まれたことなどなく、じたばたと抵抗する。

「は、離せ……っ。お前があんなところで野営じみたことをしているのが悪いんだろう。食事も綺麗な寝床ねどこもあるのに、何故あんなことをする。血塗ちまみれの殺人現場のような、後片付けをする中庭掃除の使用人の気持ちになってみろ」
「坊ちゃんにはまだわかんねえだろうなぁ」

 まるで僕を揶揄からかっているような黄蓋の瞳がやけに腹立たしい。この男は、人をあおって、本性を暴き出すようなところがある。そうとわかっていても、まだ幼い僕は言い返さずにはいられなかった。

「何が」
「男の浪漫ろまんってやつです」
「――はぁ?」

「ちょぼちょぼとした宮廷きゅうてい料理なんざ、この男黄蓋の腹にいくばくもまりゃしねえ! 自分で獲物を狩って、食う! それが、古代から続いて来た男の食い方ってやつでしょうが」
「原始時代の話をしているのか?」

 呆れてそう言うと、黄蓋はどっかりとその場の床に胡坐あぐらを掻いた。それでようやく、幼い僕と目が合う高さになる。

「坊ちゃん。もし今、いくさって奴が始まれば、総大将のアンタはいやおうでも戦場に引っ張り出される。その時に、きじは食えないのうさぎは食えないの言っていたら、生きてはいけませんぜ?」
「お前の話は、すべて紀元前を舞台にした話だろう。剣ややりでしか戦うことのなかった時代だ」

 半眼でにらむと、黄蓋は大きな身体の底から、僕が吹っ飛んでしまいそうなぐらいの大きな溜息ためいきを吐いた。

「まったく、きじ退治は坊ちゃんの為でもあるってえのに」
「何でそこで僕が関係するんだ」

きじって奴ぁ、赤い色に異常な攻撃性を持つ危ねえ鳥でもある。繁殖期のきじの雄は、顔周りの肉腫にくしゅが赤く発達する。かなり好戦的で、赤いものは勿論、へびなんかが相手だと、相手を死ぬまで攻撃しちまう。いけ好かねえ野郎だ。

標的の相手の顔まで覚える、残忍な奴らでしてね。そんな奴らがウロウロしているところに、坊ちゃんを放り込んだら、その夕陽のように綺麗な髪も瞳も狙われっちまうでしょう。だから早急に排除してやろうっていう、ワシの優しさでもあったんだがなぁ」

「誰も気付かないに決まっているだろう。そんな優しさ。あと仕留めれば良いだけで、別に野生のきじを食べる必要はない」

 どうも黄蓋相手だと調子が狂う。
 僕は『正しい王』でいなければならないのに。
 ペースが乱される。

(それに、何か僕のことを綺麗とか何とか……)
 こんなに雄々おおしい男も、男に対して美しいという感情を向けることがあるのか。

 そう考えると、カアッとほおが赤くなった。
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