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百二、過去からの使者(3)
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「そ、か……。お前だったか……。どのみち、いずれ誰かが私を殺しにやって来ることはわかっていた。黄蓋――お前か……」
ナースィフは、何処か吹っ切れたように、小さく、何度も頷く。
「私は恐らく、それほどのことをしたのだ。王である父上の命だろう。なら――仕方ない。幼き頃からとうに予感していた。私には、産まれ卑しき原罪がある。それをお前が裁く――死刑執行人だというのなら、私は喜んでそれを受け入れよう」
何もかもを諦めた、沈みかけの夕陽が、歓喜の瞳で黄蓋を見やる。
一日の終わりを、何の抵抗もなく受け入れて、微笑する。
沈めば、もう二度と昇らない、夕焼けの太陽を。
「アル、そんなの……!」
確かにナースィフは僕を花嫁にしようと画策したが、処刑されるほどのことは何もしていないはずだ。
僕は、ナースィフという男の過去を知らない。
だから、彼が一体何をして来たのか、どんな思いでここに居るのか、何もわからなかった。
アルは、僕を見て安心しろと言わんばかりに大きく頷く。
「――すべて、黄蓋に任せてある」
咲き初めの牡丹のような瑞々しい唇で、ナースィフは告げた。
「黄都軍部所属、暗殺部隊」
俯いていた黄蓋は、はっとしたように顔を上げた。そして恥じ入るように視線を落とす。
「人が悪い。ワシの所属をご存知でいらっしゃるとは」
「――そんなもの、幼い頃から疾うに知っている。忌み嫌われる第一王子に、たった一人、近付いて来た者だ。素性を調べない方が、おかしいというもの。だから、いつか今日というこの日が来ることを、私は知っていたよ」
「坊ちゃ――」
凛とした声が響き渡る。
「黄都軍部所属、暗殺部隊、黄蓋。ナースィフ・イル=アズィーズの殺害を許可する。――これでもう、誰もお前を咎めることはない。私を――あの世に送ってくれ。黄蓋。もう――疲れた」
この世で最も儚く、今にも消えてしまいそうな微笑み方だった。
夕焼けの瞳が滲み、一筋の雫が流れる。
「王の息子たれと、正しい王の器であれと、圧迫され、型に嵌められ、その魂の形は実に醜く、もう塵ばかりしか残っていない私のつまらない自我だ。好きにすると良い。鳥葬でも、火刑でも構わない。それで、確実に死ねるのなら。――最期に唯一心残りだった、お前に逢えた。お前の手で私が屠られるのなら、もう何も、思い残すことはない」
黄蓋は昏い瞳で、じっと地面を見つめている。
やがて、地を這うような声音が聞こえた。
「ならば――ワシと共に、この世を去られるか」
ナースィフは、何処か吹っ切れたように、小さく、何度も頷く。
「私は恐らく、それほどのことをしたのだ。王である父上の命だろう。なら――仕方ない。幼き頃からとうに予感していた。私には、産まれ卑しき原罪がある。それをお前が裁く――死刑執行人だというのなら、私は喜んでそれを受け入れよう」
何もかもを諦めた、沈みかけの夕陽が、歓喜の瞳で黄蓋を見やる。
一日の終わりを、何の抵抗もなく受け入れて、微笑する。
沈めば、もう二度と昇らない、夕焼けの太陽を。
「アル、そんなの……!」
確かにナースィフは僕を花嫁にしようと画策したが、処刑されるほどのことは何もしていないはずだ。
僕は、ナースィフという男の過去を知らない。
だから、彼が一体何をして来たのか、どんな思いでここに居るのか、何もわからなかった。
アルは、僕を見て安心しろと言わんばかりに大きく頷く。
「――すべて、黄蓋に任せてある」
咲き初めの牡丹のような瑞々しい唇で、ナースィフは告げた。
「黄都軍部所属、暗殺部隊」
俯いていた黄蓋は、はっとしたように顔を上げた。そして恥じ入るように視線を落とす。
「人が悪い。ワシの所属をご存知でいらっしゃるとは」
「――そんなもの、幼い頃から疾うに知っている。忌み嫌われる第一王子に、たった一人、近付いて来た者だ。素性を調べない方が、おかしいというもの。だから、いつか今日というこの日が来ることを、私は知っていたよ」
「坊ちゃ――」
凛とした声が響き渡る。
「黄都軍部所属、暗殺部隊、黄蓋。ナースィフ・イル=アズィーズの殺害を許可する。――これでもう、誰もお前を咎めることはない。私を――あの世に送ってくれ。黄蓋。もう――疲れた」
この世で最も儚く、今にも消えてしまいそうな微笑み方だった。
夕焼けの瞳が滲み、一筋の雫が流れる。
「王の息子たれと、正しい王の器であれと、圧迫され、型に嵌められ、その魂の形は実に醜く、もう塵ばかりしか残っていない私のつまらない自我だ。好きにすると良い。鳥葬でも、火刑でも構わない。それで、確実に死ねるのなら。――最期に唯一心残りだった、お前に逢えた。お前の手で私が屠られるのなら、もう何も、思い残すことはない」
黄蓋は昏い瞳で、じっと地面を見つめている。
やがて、地を這うような声音が聞こえた。
「ならば――ワシと共に、この世を去られるか」
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