不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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百三、過去からの使者(4)

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 黄蓋という男の告げた言葉は、恐らく、日本風に言えば、心中――というものに違いなかった。

 何かがおかしい。

「ね、ねぇアル……。これも、予定通り……?」
 アルは一転して怪訝けげんそうな顔つきだ。
「――いや、話が違うな。……様子がおかしい」

「え――」
「マズいな……こういう展開は予想していなかった」
 アルは軽く舌打ちをして、大声で呼び掛ける。

「黄蓋! 気をしっかり持て! 話が違うだろうが!」
 アルは先ほどナースィフが振るった刃物で手を怪我をしていて、とても黄蓋という男と戦える状態ではない。

「黄蓋殿――」

 イスハークも心なしか青ざめている。

 黄蓋は舞台に降り立った役者のように、ゆっくりと立ち上がった。
 まるでスポットライトのように、淡い月光が黄蓋に降り注いでいる。

「第二王子よ。――ワシにも、恥ずべき過去がある。黄都軍部の暗殺部隊では、感情を殺して何人もの命をほうむって来た。軍人として優秀ということは、他人の命を奪うことにけているということだ。法律として殺人は大罪。だが軍人ともなれば話は変わる。殺した数で、階級が決まる。

 恥ずかしい話だが、ワシには暗殺は割り切った仕事で、いささかの良心が己をとがめることもなかった。だからだろうなぁ、報復には、ワシを狙うことなく、代わりに妻が殺された。お互い心から好いた結婚ではなかった。何となく政略結婚をして、それでも幾人かの子を為した。しかし、妻は実際、ワシには良くしてくれた。立場をよくわきまえ、要らぬ口は挟まず、一緒に過ごしたときは上機嫌で世話を焼いてくれた。

 共に過ごした時間は短かった――愛していたかどうかも、今となってはもはやわからぬ。だが――ワシの犯した罪を、アイツが代わりに償う必要など、どこにもなかった。怨恨えんこんのせいで、滅多刺めったざしにされた妻の遺体を見て、自分が何処にいるのか、何をしているのかわからなくなった。

 階級なんかどうでも良い。あの時から、己の生死に無頓着むとんちゃくになった。もし現代に戦場というものがあれば、死に場所を求めて、彷徨さまよい続ける亡霊となっていただろう。

 だから――ワシには坊ちゃんの――若の気持ちがよくわかる。解放して欲しい一心で、この魂から解き放たれたくて、もう大事な者も未練さえも、てのひらからすべてこぼれて、涙も枯渇こかつして……ただ生きているだけのしかばねだ」

「黄……蓋……」
 ナースィフは張り詰めた吐息でその名を呼んだ。

 乱れ切った後ろ髪が一筋、ナースィフの顔に掛かっている。
 しかし、その姿はゾッとするほどに、妖艶ようえんだった。

「ねぇ坊ちゃん。こんな、死に損ないの男と心中としたとあっちゃあ、末代までのお笑い草だ。それでも良けりゃ、冥土めいど土産みやげにこの黄蓋の首をくれてやってもいい。天国にはお互いまず行けませんなぁ。良いところで仲良く地獄行きだ。どうしやす?」

 ニイ、と御伽話おとぎばなしの悪漢のように、黄蓋は不敵に笑う。

「構わない。お前と地獄に落ちるなら。僕は――」

 ナースィフが、白魚しらうおのような手を震えながら伸ばす。

 まるで、こうなるずっと前から、そう、望んでいたかのように。
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