不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

文字の大きさ
112 / 225

百十二、楽園追放(9)

しおりを挟む
 気付けば朝方で、衣などどこかへ行ってしまい、激しくナースィフを愛した跡だけが、残されていた。

「坊、ちゃ――……」
 己のしでかしたことに呆然とした黄蓋は、組み敷いた君主を、脂汗あぶらあせと共に、見つめた。

 ナースィフの身体はまるで、砂漠に咲く紅色のパタ・デ・グアナコという小さな花で埋め尽くしたような有り様だった。その花の由来は、ラクダの足に似ていることから名付けられている。

 もし一晩中傍に居たのが自分でなければ、警吏けいりを呼んだかもしれない。

 だが、ナースィフはぐったりとして、ぴくりとも動かない。
 尚更なおさらの焦りが、身体を駆け巡った。

「坊ちゃ――坊ちゃん!? ナースィフ!!」

 息はある。
(まさか無理やり――)
 己の逸物いちもつを王子に埋め込んだのかと思ったが、寝台の脇には如何にも使用後と言わんばかりの性具が、みだらに打ち捨てられていた。

 念のため、ナースィフの身体をひっくり返して確認してみると、流血こそなかったものの、明らかに夜を共に過ごした濃い白濁が、ナースィフの後孔からしたたり落ちた。

 傷つけておらずに良かったというべきか、それとも、避妊具すらろくに着けなかったことを恥じるべきかという答えは見つからない。

 そのうちにくすくす、と声が上がった。
「……っふ、黄蓋、くすぐったい」
 黄蓋の腕の中で小さく震えるように、身をよじる。
 まるで、小鳥の羽搏はばたきにも似ていた。

 現場保存で警吏を呼ぶ必要がなくなり、黄蓋はほうと息を吐く。
「坊ちゃん――具合は」

「平気だ。しかし、訓練というには、随分と荒っぽかったぞ。普通、性交とはそういうものなのか?」
 真っ裸の黄蓋の胸元に細い肢体したいり寄せ、ナースィフは愛らしい訴えを起こす。

「……いや、普通はもっと――」

「それにまさか、二回もだとは。身体が悲鳴を上げるかと思ったよ」
「に、かい――」

 黄蓋は真っ青になった。
 房中術ぼうちゅうじゅつでの訓練は、一度きりだ。欲に溺れて、相手を犯すなどということはあってはならない。それはもはや訓練でも何でもない。

――ただの、私欲だ。

 そんな風に正気を失ったことは、今の今まで、一度もなかった。

「私が二回するのかと問うたら、猛獣のように私の唇を奪って何度も奥を突いて――まったく、困った奴だ」

 記憶にないとは、言えなかった。

 まるで、肉食獣が食べた獲物の姿や、食らった時の様子を薄っすら覚えているかのように――

ナースィフの甲高い喘ぎ声、汗の滴る体、吸い付くようなナースィフのの様子は、黄蓋の記憶にも刻印のように、刻み込まれていた。

「黄蓋! 一体どうしたというんだ。何か返事をしないか。ああ、あと水を用意して飲ませてくれないか。喉がカラカラだ」

 自分で水を用意して飲むなどという発想が、王子であるナースィフにはない。湯浴みも着物を脱ぎ着させる女官たちが居る上に、生活に必要なすべては、ナースィフが例え眠りこけていたとしても、とどこおりなく進むように出来ている。

 今、ナースィフが正気で居られるのは、王族である故――転じて、何も知らぬからだった。


 一般市民であれば、黄蓋は今頃ナースィフに散々なじり倒され、ともすれば警察でも呼ばれているであろう。

 好きでもない男に――ただ欲望のけ口にされた。
 そのことに、まだナースィフは気付いていないだけだ。

 王族である以上、仕事ならば房中術ぼうちゅうじゅつの訓練は仕方ない。
 しかし、契約内であればまだしも、二度目の言い訳は一つもない。

 しかし、軍人体質である黄蓋の身体は、さっさと冷蔵庫から水を取り、ご丁寧に蓋まで開けて、ナースィフにペットボトルを渡していた。

 ナースィフは酷くご機嫌だ。昨晩、黄蓋に奉仕した、その舌と喉で、こくりと水を嚥下えんかする。

「ありがとう。黄蓋。王族として、良い経験になった」
 ほがらかに微笑むナースィフに、きっと黄蓋は今すぐ身投げでもして、さもなくば土下座してびるべきなのだろう。


「坊ちゃん……身体の具合は」
「そりゃあ後ろは多少痛むが、何てことはないよ。黄蓋が、私の中に昨夜居たのだねぇ。まだ感触がある。人体というのは本当に不思議だ」

 心底幸福そうに微笑むナースィフに、真実を告げることは出来ないと確信した。

 ――真実を告げれば、間違いなくナースィフは壊れる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

僕と教授の秘密の遊び (終)

325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。 学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。 そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である… 婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。 卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。 そんな彼と教授とのとある午後の話。

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...