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百十二、楽園追放(9)
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気付けば朝方で、衣などどこかへ行ってしまい、激しくナースィフを愛した跡だけが、残されていた。
「坊、ちゃ――……」
己のしでかしたことに呆然とした黄蓋は、組み敷いた君主を、脂汗と共に、見つめた。
ナースィフの身体はまるで、砂漠に咲く紅色のパタ・デ・グアナコという小さな花で埋め尽くしたような有り様だった。その花の由来は、ラクダの足に似ていることから名付けられている。
もし一晩中傍に居たのが自分でなければ、警吏を呼んだかもしれない。
だが、ナースィフはぐったりとして、ぴくりとも動かない。
尚更の焦りが、身体を駆け巡った。
「坊ちゃ――坊ちゃん!? ナースィフ!!」
息はある。
(まさか無理やり――)
己の逸物を王子に埋め込んだのかと思ったが、寝台の脇には如何にも使用後と言わんばかりの性具が、淫らに打ち捨てられていた。
念のため、ナースィフの身体をひっくり返して確認してみると、流血こそなかったものの、明らかに夜を共に過ごした濃い白濁が、ナースィフの後孔から滴り落ちた。
傷つけておらずに良かったというべきか、それとも、避妊具すら碌に着けなかったことを恥じるべきかという答えは見つからない。
そのうちにくすくす、と声が上がった。
「……っふ、黄蓋、くすぐったい」
黄蓋の腕の中で小さく震えるように、身を捩る。
まるで、小鳥の羽搏きにも似ていた。
現場保存で警吏を呼ぶ必要がなくなり、黄蓋はほうと息を吐く。
「坊ちゃん――具合は」
「平気だ。しかし、訓練というには、随分と荒っぽかったぞ。普通、性交とはそういうものなのか?」
真っ裸の黄蓋の胸元に細い肢体を摺り寄せ、ナースィフは愛らしい訴えを起こす。
「……いや、普通はもっと――」
「それにまさか、二回もだとは。身体が悲鳴を上げるかと思ったよ」
「に、かい――」
黄蓋は真っ青になった。
房中術での訓練は、一度きりだ。欲に溺れて、相手を犯すなどということはあってはならない。それはもはや訓練でも何でもない。
――ただの、私欲だ。
そんな風に正気を失ったことは、今の今まで、一度もなかった。
「私が二回するのかと問うたら、猛獣のように私の唇を奪って何度も奥を突いて――まったく、困った奴だ」
記憶にないとは、言えなかった。
まるで、肉食獣が食べた獲物の姿や、食らった時の様子を薄っすら覚えているかのように――
ナースィフの甲高い喘ぎ声、汗の滴る体、吸い付くようなナースィフの中の様子は、黄蓋の記憶にも刻印のように、刻み込まれていた。
「黄蓋! 一体どうしたというんだ。何か返事をしないか。ああ、あと水を用意して飲ませてくれないか。喉がカラカラだ」
自分で水を用意して飲むなどという発想が、王子であるナースィフにはない。湯浴みも着物を脱ぎ着させる女官たちが居る上に、生活に必要なすべては、ナースィフが例え眠りこけていたとしても、滞りなく進むように出来ている。
今、ナースィフが正気で居られるのは、王族である故――転じて、何も知らぬからだった。
一般市民であれば、黄蓋は今頃ナースィフに散々詰り倒され、ともすれば警察でも呼ばれているであろう。
好きでもない男に――ただ欲望の捌け口にされた。
そのことに、まだナースィフは気付いていないだけだ。
王族である以上、仕事ならば房中術の訓練は仕方ない。
しかし、契約内であればまだしも、二度目の言い訳は一つもない。
しかし、軍人体質である黄蓋の身体は、さっさと冷蔵庫から水を取り、ご丁寧に蓋まで開けて、ナースィフにペットボトルを渡していた。
ナースィフは酷くご機嫌だ。昨晩、黄蓋に奉仕した、その舌と喉で、こくりと水を嚥下する。
「ありがとう。黄蓋。王族として、良い経験になった」
朗らかに微笑むナースィフに、きっと黄蓋は今すぐ身投げでもして、さもなくば土下座して詫びるべきなのだろう。
「坊ちゃん……身体の具合は」
「そりゃあ後ろは多少痛むが、何てことはないよ。黄蓋が、私の中に昨夜居たのだねぇ。まだ感触がある。人体というのは本当に不思議だ」
心底幸福そうに微笑むナースィフに、真実を告げることは出来ないと確信した。
――真実を告げれば、間違いなくナースィフは壊れる。
「坊、ちゃ――……」
己のしでかしたことに呆然とした黄蓋は、組み敷いた君主を、脂汗と共に、見つめた。
ナースィフの身体はまるで、砂漠に咲く紅色のパタ・デ・グアナコという小さな花で埋め尽くしたような有り様だった。その花の由来は、ラクダの足に似ていることから名付けられている。
もし一晩中傍に居たのが自分でなければ、警吏を呼んだかもしれない。
だが、ナースィフはぐったりとして、ぴくりとも動かない。
尚更の焦りが、身体を駆け巡った。
「坊ちゃ――坊ちゃん!? ナースィフ!!」
息はある。
(まさか無理やり――)
己の逸物を王子に埋め込んだのかと思ったが、寝台の脇には如何にも使用後と言わんばかりの性具が、淫らに打ち捨てられていた。
念のため、ナースィフの身体をひっくり返して確認してみると、流血こそなかったものの、明らかに夜を共に過ごした濃い白濁が、ナースィフの後孔から滴り落ちた。
傷つけておらずに良かったというべきか、それとも、避妊具すら碌に着けなかったことを恥じるべきかという答えは見つからない。
そのうちにくすくす、と声が上がった。
「……っふ、黄蓋、くすぐったい」
黄蓋の腕の中で小さく震えるように、身を捩る。
まるで、小鳥の羽搏きにも似ていた。
現場保存で警吏を呼ぶ必要がなくなり、黄蓋はほうと息を吐く。
「坊ちゃん――具合は」
「平気だ。しかし、訓練というには、随分と荒っぽかったぞ。普通、性交とはそういうものなのか?」
真っ裸の黄蓋の胸元に細い肢体を摺り寄せ、ナースィフは愛らしい訴えを起こす。
「……いや、普通はもっと――」
「それにまさか、二回もだとは。身体が悲鳴を上げるかと思ったよ」
「に、かい――」
黄蓋は真っ青になった。
房中術での訓練は、一度きりだ。欲に溺れて、相手を犯すなどということはあってはならない。それはもはや訓練でも何でもない。
――ただの、私欲だ。
そんな風に正気を失ったことは、今の今まで、一度もなかった。
「私が二回するのかと問うたら、猛獣のように私の唇を奪って何度も奥を突いて――まったく、困った奴だ」
記憶にないとは、言えなかった。
まるで、肉食獣が食べた獲物の姿や、食らった時の様子を薄っすら覚えているかのように――
ナースィフの甲高い喘ぎ声、汗の滴る体、吸い付くようなナースィフの中の様子は、黄蓋の記憶にも刻印のように、刻み込まれていた。
「黄蓋! 一体どうしたというんだ。何か返事をしないか。ああ、あと水を用意して飲ませてくれないか。喉がカラカラだ」
自分で水を用意して飲むなどという発想が、王子であるナースィフにはない。湯浴みも着物を脱ぎ着させる女官たちが居る上に、生活に必要なすべては、ナースィフが例え眠りこけていたとしても、滞りなく進むように出来ている。
今、ナースィフが正気で居られるのは、王族である故――転じて、何も知らぬからだった。
一般市民であれば、黄蓋は今頃ナースィフに散々詰り倒され、ともすれば警察でも呼ばれているであろう。
好きでもない男に――ただ欲望の捌け口にされた。
そのことに、まだナースィフは気付いていないだけだ。
王族である以上、仕事ならば房中術の訓練は仕方ない。
しかし、契約内であればまだしも、二度目の言い訳は一つもない。
しかし、軍人体質である黄蓋の身体は、さっさと冷蔵庫から水を取り、ご丁寧に蓋まで開けて、ナースィフにペットボトルを渡していた。
ナースィフは酷くご機嫌だ。昨晩、黄蓋に奉仕した、その舌と喉で、こくりと水を嚥下する。
「ありがとう。黄蓋。王族として、良い経験になった」
朗らかに微笑むナースィフに、きっと黄蓋は今すぐ身投げでもして、さもなくば土下座して詫びるべきなのだろう。
「坊ちゃん……身体の具合は」
「そりゃあ後ろは多少痛むが、何てことはないよ。黄蓋が、私の中に昨夜居たのだねぇ。まだ感触がある。人体というのは本当に不思議だ」
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