不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

百十三、楽園追放（10）

　母を亡くし、父に背かれた、孤独で哀れな王族の息子。

　そんな境遇で、ひたすらに純粋でひたむきな王子が、もし信頼していた部下に、実は慰なぐさみ者にされたと知ったら――

　ただでさえ不安定な所のあるナースィフだ。正気を失う可能性すらある。そんなことになれば、ただでさえ身分の低い第一王子である身だ。
　王位継承権おういけいしょうけんは、正式に剥奪はくだつされるだろう。

　輝かしい未来はすべて閉ざされ、牢の中で、一生を過ごさなくてはならないかもしれない。

　中華、螢華国けいかこくの黄蓋の出身地で、正気を失った皇帝が幽閉される事件があった。

　その皇帝は、科学者とも対等に話せる頭脳の持ち主だったがしかし、気を病やんで、生涯を幽閉された城牢の中で過ごしたという。

　すっかり見放された皇帝は、食事も腐りかけのものを提供され、それすらも気付かずに、床に指で血文字を書いて、まるで幼児のように遊んでいたという逸話いつわすら聞いた。

　境遇が、あまりにもナースィフに似すぎている。
　黄蓋の背中に、どっと冷や汗が噴き出した。

　その瞬間、決して己の罪を生涯しょうがい告白出来ぬと、腹を括くくった瞬間でもあった。

　しかし、黄蓋の思いとは裏腹に、ナースィフは己の下腹部を見つめながら、愛しそうに微笑んだ。

「ねえ黄蓋。もし、私が子を為せたなら、今頃、子は宿っただろうか」

　雷いかづちが、降ったかに思われた。

　原罪げんざいというならば、きっと、己自身の存在であるのだろう。

　妻をめった刺しにして殺された。
　自分が夫でなければと、何度悔いただろう。

　――もう、これ以上の罪は、背負いきれない。

　黄蓋は、その日、ナースィフの前から、姿を消した。