不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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百三十三、七日間の蜜月(10)

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 それから六日間のことは、よく覚えていない。
 アルに求められるまま身体を預け、朝も夜もなく、ひたすらに互いの身体に溺れるという、楽園の住人のような暮らしを続けた。

 ぐったりとしている僕に、アルが水を飲ませてくれたり、また果物くだものを食べさせてくれたりと甲斐甲斐かいがいしい。
 一粒の葡萄ぶどうを、口移しでやり取りするようなみだらな生活は、まるで生活感というものが抜け落ちていた。

 この世には、アルと僕しか居なくなってしまったかのような錯覚すら起こす。

 それこそ、突如御伽話おとぎばなしの砂漠の国に迷い込んだ、飢えた旅人のように。

 まだ信じられない。
 目のめるような美青年が目の前に居て、その人がこの国の次期国王候補で、自分の花婿になるだなんて。

 今でも、簡単には飲み込めない。

 まるで、めない夢を見ているかのようだ。

 千夜一夜は、まだまだ始まったばかりらしい。
 幕間まくあいも、劇中の中略も存在しない。

 例え朝にはつゆとなって消えるとしても、確実に熱砂ねっさの砂漠に、この王宮は在った、、、

 僕は、この始まりの一夜を、記憶に刻みつけたい。

 アルや、イスハーク、この国の人々や歴史は、決して御伽話おとぎばなしじゃない。

 沢山の嘆きや悲しみ――慟哭どうこくを乗り越えて来た国の話だ。

 本や物語のように、僕はこの国の結末を見届けることは、出来ないかもしれない。

 それでも、アルと共に生きたいと、願った。
 そして、アルもそうあれと願ってくれた。
 
 ――僕の不運な人生で、初めて叶った、願いごとかもしれなかった。

   *    *   *

 アルと、時間の概念すら忘れてしまったかのように、ねやに閉じこもっていた。
 しかし、運動量は途轍とてつもなかったようで、僕は激しい睡魔に襲われている。

 一つだけ外とやり取り出来る扉から、アルは物資の調達を請け負ってくれた。三十センチほど開けた隙間から、イスハークは差し入れを手渡す。

「柚様は」
「今は、よく眠っている。疲れたようだ」
「まさか――また柚様に無茶をいているのではありませんよね」
 いぶかしんで渋面じゅうめんを作るイスハークに、アスアドは飄々ひょうひょうと言い放った。

「かもしれん。柚に逢えなくて寂しいだろう。中に入って顔を見て行くか?」
 盛大に溜め息を吐いたイスハークは、かぶりを振る。

「いいえ、流石にみそぎの場に入ることは何人たりとも禁じられていますから。遠慮しておきます。言い伝えでは、みそぎにおける他人の侵入はけがれや、災厄に繋がると申しますから。私が無断で入室すれば、元老院も黙ってはいないでしょう」
「それほど深刻に捉えることもないだろうが、まぁジジイどもが五月蠅うるさいのも面倒だ」

「ですから、くれぐれも! 無茶はされませんよう」
「細身のお前よりも、柚は更に華奢だからな」
「どうか、いたわわってさしあげてください」
「――そう言いながら、潤滑剤じゅんかつざいを追加で何本も渡してくるお前の真意は何だ」

 差し入れには、食べ物も去ることながら、夜の行為に必要なグッズがこれでもかと詰め込まれていた。

「それは勿論、追加で発注がしづらいものでしょう? どうせ貴方はばかすか使ってすぐに空になるでしょうし。柚様も我慢をされるタイプですから、物資には不足のないように取り計らうことが、私の務めかと」

 確かに、もう少しすれば潤滑剤が尽きる、というタイミングだった。文官長の段取りは、侮れるものではない。
「……イスハーク、監視カメラか何か付けているか?」

 イスハークは半眼になった。
「そんなはずがありませんでしょう。ともかく、物資は幾らでも調達致しますし、器物損壊もある程度は容認しますので、柚様の御身体だけは! くれぐれも玉体ぎょくたいのように扱って下さい」
「俺は猛獣か」
「似たようなものです」
「王は俺ではなかったのか」
「今はまだ――王ではありません。それは貴方が一番よくわかっていらっしゃるでしょう」

 たっぷりの差し入れの入ったワゴンと、バスケットを受け取ると、アスアドはきびすを返した。

「わかっているさ。俺は、王ではない。――今はまだ、な」
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