不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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百三十四、七日目の禊

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 アルと、六日間という時間も何もかもを忘れて、一つの液体のように溶け合った。

 そして、七日目を迎え、もうすぐ僕たちのみそぎは終わる。

 アルの胸の中でささやいた。
「終わっちゃうね……。アルとの二人きりの時間」
「惜しいか?」
「うん。アルは政務が忙しくて、なかなか二人きりにもなれないから……この時間は凄く大切に思えたよ。ありがとう、アル」

「安心しろ。そう簡単に柚との時間を削らせはしない。俺がどこに居ても、呼べばいいさ」
 甘く深い、アスアドの穏やかな声に、顔を擦り寄せる。
「ありがとう。そうするよ」

「約束してくれるか」
「もちろん。忙しい中呼んでも良ければ、だけど」
 くすりと笑いながら言うと、やおら、アルはゆっくりと身体を起こした。

「――アル?」

 アルとほんの少しでも離れたくなくて、ぬくもりが冷めてしまうことが悲しくて、焦ったように名前を呼ぶ。
 ほんの一瞬の後、アルはすぐに戻って来た。

「柚。後で届けようかと思ったが、先に渡しておく」
「な、に――」

 アルが宝石箱を開いた瞬間、太陽が差し込んだかとすら思った。薄暗いのに、まばゆい光が、部屋の中を反射する。

みそぎの後に、花嫁にはしばしば贈り物が為される。これを、受け取って欲しい」

 ずっしりと重い、宝石箱だ。中には、夜空に広げたかのような、ベルベットの布。
その中には、唐草模様を模したと思しき伝統的な、しかしこれでもかとダイヤモンドがあしらわれたくし型の髪飾りが、鎮座していた。

 細工のあしらいを見ただけで、とんでもない高級品だと、すぐにわかった。うっとりするほど美麗で、繊細なジュエリーだ。一日中眺めていたって、飽きは来ないだろう。

「アル、これは――?」
「この髪飾りを着けて、きたる正式な婚姻の儀に俺と出席して欲しい。既にみそぎで婚姻はり行っているが、俺の花嫁だと、世間はまだ知らぬ。安全の為に柚を公衆に見せびらかすことは出来ぬが、その日が来たら、きっと、この髪飾りを着けて、国民の前で誓おう」

 嗚咽おえつが込み上げた。
 ――もう、僕はアル以外何一つなくたって、構わないかもしれない。

「アル……っ」
 ぬぐっても拭っても、涙があふれて止まらない。
 アルは僕を、本当に大事にしてくれているのだ。
 泣きじゃくる僕を、アルは優しく抱き寄せた。

「そんなに泣くな。柚は――俺の花嫁だ。どこにも行かせはしない」
「僕も……アルの傍以外、どこにも行かないよ」

 どんな言葉よりも雄弁に、まるで惹かれ合う磁石のように、アルに、唇を重ねた。


   *   *  *

 みそぎは終わり、僕は正式に、第二王子・アスアド・アル=アズィーズの花嫁となった。

 月光の落ちた、薄暗い王宮の廊下を、しずしずと一人歩く。

 途中、アルの父である、現国王と行き合った。

「天宮柚――か。せがれが世話になった。これからも、よろしく頼む」
「――承知、致しました」

「それから、日本でやはり、捜索願いが出ていたそうだ。君はこちらで元気にしていると、伝えておこう」
「お手数お掛けして申し訳ありません。お願い致します」

流暢りゅうちょうなバハル語だ。母国語と言われれば、信じてしまいそうだな。――それに、君はあまりにも美しい。まるで月の精のようだな。アスアドではなく、私の妃に迎えたいぐらいだ」
「おたわむれを」

 僕の存在は、罪だろうか?

 答える者はなく、ただ冴えわたる月だけが、僕たちを見下ろしていた。


【第一章 完】 
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