不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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二、螢華国

百四十三、青都の港

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 バハル国から旅立つ船は、すべて青都から出港する。
 港からでも見える、真っ青な空をそのまま映し出したかのような色は、まさに青都の名に相応ふさわしい。
 
 青都の港に降り立った僕たちを、懐かしい顔ぶれが見送ってくれた。

「ナースィフ殿下……」
 傍らには、黄蓋も控えている。
 少しの間会わなかっただけだが、以前より顔つきが柔らかい。

 ナースィフは、少しやつれたように見えた。

「本当にすまなかった。アスアドを傷つけ――君を危険にさらした。第一王子として、私はしてはならぬことをした。そのつぐないをさせてくれると嬉しい。叶うなら、アスアドとの婚姻も、祝福させて欲しい。おめでとう。柚」

 ナースィフは静かに僕の手を取る。
 体温の低い、か細い手。
 以前僕を強引に押さえつけたり、さらった彼ではなくなっていた。

き物が落ちた、っていうのかな……)
 昔から寺社仏閣を訪れることが多かったので、反射的にそう感じたのかもしれない。

「ナースィフ……様」
 こういうとき、何と言えば良いのだろう。
 逡巡しゅんじゅんしていると、アルが割って入った。

「ナースィフ。柚は公私ともに紛れもない俺の妃だ。軽々しく触れないで貰おうか?」

 その口ぶりが、あまりにも芝居掛かっていて、皆、一様に噴き出した。

 苦笑しながら、ナースィフはすまなそうに、僕の手をゆっくりと離した。

「――そうだな。すまなかった。アスアド。本当に――」
「謝罪はいい。それより、伝えたいことがあるんじゃないのか。第一王子と、その側近殿直々じきじきの見送りだ」

「そういうわけではないんだ。私が国外に出られないからと、無理を言ったからね。せめてもの、ただのはなむけだよ」

 イスハークが、後ろからアルへと告げた。
「アスアド様。ナースィフ様からは、此度の多額の出資金と、食糧、また船のご準備をいただいております」
「そうか。世話になるな」
「無理難題を押し付ける兄として、それぐらいはね」

 荷積みをしている武官たちが、何か大きな荷を引っくり返したようで、遠くで声が上がった。
「坊ちゃん」
「わかっている。手伝ってやれ、黄蓋」
「御意」

 黄蓋は素早く駆け寄った。
「何してやがんだ。ダァーハッハ」
 と持ち前の大らかな声が響く。

 その光景を見て、アルは軽く息を吐いた。
「相変わらずだな」

「すまないね。あれでいて、黄蓋も意外と反省しているんだ。迷惑を掛けたと。私と同じように、黄蓋も少なくとも数年は国外へは出られない」
「ナースィフ……」

「恩を着せたいわけではない。むしろ私たちが着る方だよ。そんな事情から、君たちを危険な任務にかせてしまった。私は第一王子でなければ、今頃投獄され、首でもねられていただろう。黄蓋も同様だ。

執行猶予しっこうゆうよと言うには、あまりも軽い。こんな程度では、君の気は済まないかもしれない」

 儚く、今にも風と共に消えそうであったナースィフは、しかし、凛とした瞳で、アルを見つめた。


「必ず――無事で戻って欲しい。こんなことを言ったって、私の我儘わがままでしかない。けれど螢華国けいかこくは今とても荒れているらしい。かなり危険な場所だ。

『砂漠の薔薇』についても、私が向こうで直接現物を確かめたいところだが、それも叶わない。しかし、何か力になれることがあるかもしれない。逐一ちくいち連絡をくれないか」

 アルは力強く頷いた。
「わかった。全員無事で戻ると約束する。状況次第だが、折に触れ連絡は入れよう」

「僕からは、これを。どうか幸運を」

 神の使いとされた白い羽が、僕たちの門出を祝うように宙に舞った。

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