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二、螢華国
百四十五、女官偽装
しおりを挟むアルはサディクへ労いの言葉を掛ける。
「ご苦労だったな。座るといい。丁度休憩中だ」
「いえ。軍の規律で主人との同席は禁じられておりますのでここで」
「まったく堅苦しい奴だな」
両肩を竦めるアルを他所に、サディクはイスハークをじっと見つめている。
「イスハーク……。女装すると聞いていたのだが……」
イスハークの衣装は、普段とあまり変わらない。神官を思わせるような、白を基調としたゆったりとした布地を巻き付けたような出で立ちだった。
イスハークは天を仰ぐ。
「これでも一応、女性用なのですよ」
「イスハークは、際立った女装をさせると、より男っぽさが増してしまってな。男だとバレてしまいそうで、わざと中性的な格好をすることになった」
確かに、イスハークは中性的な美貌をしている。
しかし、女性の華奢な衣装を着れば、肩幅などがどうしても目立ってしまうらしい。
「化粧をすると迫力が出過ぎた。皮肉にも、普段の恰好の方が周囲を欺きやすい」
「そうですか……」
サディクは明らかに落ち込んでいる。
大型犬がしゅんとしているようで、広い背中に哀愁が漂っている。
(見たかったんだなぁ。イスハークの女装)
何となく不憫に感じてしまう。
「サディク。そう辛そうな顔をするな。イスハークとは恋人なのだろう。プライベートでいくらでも着てもらえばいい」
「アスアド様。サディクに変なことを吹き込むのはお止めください」
イスハークがぴしゃりと止めに入るが、あまり効果はないようだ。
サディクは大真面目に言い放った。
「いえ、これはオレの不徳の致すところです。女装するかどうか、吟味の最中に訪ねて見学すべきでした」
イスハークは悪戯っ子にするように、嘆息しながら声を掛けた。
「サディク。馬鹿なことを言っていないで、少し休んだらどうですか」
「任務中だ。休憩はあとで取るから、俺のことは気にしなくていい」
イスハークは、簡単なメモ書きを懐から取り出した。
「では、他の船員の目もありませんし、軽く日程の確認だけ済ませておきましょうか。船で三日、陸に降り立って二日の計五日の旅路です。あと二日もすれば、港に着くでしょう。そこからは陸路です。
螢華国の情勢が不安定な為、迎えなどは期待出来ません。しかし、何とかして王宮に辿り着く必要があります。港町の状態も殆ど情報がないため、移動方法については、その場しのぎになってしまうかもしれませんが、ご容赦下さい」
「まあ仕方ない。砂漠の薔薇といい、螢華国はどうにも不穏な空気が流れている気がしてならぬ。くれぐれも注意しながら進むほかないな」
アルは唸っている。少しでも良い方法がないか、探っているのだろう。
「サディクは、王宮に到着すると同時に引き返し、バハルへ帰国。とんぼ返りにはなるでしょうが、私たちの帰りがいつになるかわかりませんから……。自国にて、待っていて下さい」
「承知した」
間髪入れず発された、明朗な返事にイスハークは笑みを浮かべる。
「良いお返事です」
サディクは、まるできちんとお座りの出来る、大きな黒い犬のようだ。
アルの耳元に、こそりと囁いた。
「何だか良い雰囲気だね。アル」
「あの二人は、会える時間が限られているからな。離れがたいのだろう」
僕たちは、そそくさとダイニングをあとにした。
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