不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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二、螢華国

百四十六、イスハークとサディク

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 甲板に出ると、早くも見事な夕陽が、世界を朱色に染めていた。

「イスハークたちは、毎日会えないんだね」
「サディクは軍所属だ。対してイスハークは王宮。それほど離れているわけではないが、生活区域に交わる場所があまりないのでな。

それでなくても、イスハークは文官長、サディクは中尉。双方忙しい身だからな。今は、週に一度会えれば、良い方だろう」

 僕は、波間を掻き分けて勇ましく進む、船の柵に手を置いた。

「そっか……。イスハークはあまりそういう話はしないから……」

「あ奴は寂しいとか、逢いたいなどと言う性格でもないが、それを許されない立場に居るということも、大きいだろうな。どうしたって、国家に忠誠を誓う仕事だ。プライベートは二の次になりやすい。

窮屈に感じることは、多いだろう。俺は、そうだろうと思うから、もっと早く上がって、サディクと飯でも食えと諭しているつもりだが……環境のせいか、なかなか首を縦に振らん。まだイスハークが安心して早上がりするには、多くが足らぬらしい」

 イスハークは、ワーカホリックのきらいがある。
 仕事を投げ出すなどということは、きっと、考えたこともないに違いない。

「僕は……アルと逢えなかったら寂しいけどな……」

 結局、アルの元から逃げ出したときでさえ、二、三日と開けず、顔を合わせている。

 アルがいなければ、なんていうことは考えたくもない。

「愛らしいことを言うじゃないか。それは、ねやの誘いか?」
 言いながら、アルは上着を僕の肩に掛けてくれた。

「違……っ、わなくも、ないけど……」

 昼間の強い日差しが嘘のように、夕方は気温がぐんと下がりつつある。
「着ていろ。夜の海は冷える」

「ありがと。アル」

 アルの匂いが上着からふわりと香る。
 爽やかで雄々しい、安心する香りだ。
 
 同時に、心臓が跳ねてしまうのはきっと、アルと身体を重ねた夜のことを思い出すからだろう。

螢華国けいかこくに着けば、サディクとは会えなくなる。今は二人きりにしておいてやろう」

 僕も、頷いた。
 イスハークには、サディクと少しでも長く過ごして欲しい。

 先ほどまで風に吹かれていたが、日が落ちた今、海は異様なほど凪いでいた。
 アルはその様子に、眉根を寄せた。

「不気味なほどの静けさだな。――何も、なければいいが」

 僕も、何もなければ良いと思う。
 しかし、いずれきたる荒波は、もう少しで、僕たちに到達するだろう。
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