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二、螢華国
百四十七、屍者の街(ネクロポリス)
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船の旅は順調に進み、僕たちは港に辿り着いた。
降り立ってすぐ、僕は違和感に包まれる。
「え……っ?」
港には、全く人が居なかった。
他の船に乗り込む乗船客も、慌ただしく積み荷の上げ下ろしをしている様子もない。
港と言えば、行き交う人々で、活気のあるイメージだというのに、まったく寂れている。
港には、人っ子一人いなかった。
イスハークも唖然としながら、顔がわからぬよう、ブルカのように巻き付けた布から、周囲を見回した。
「一体、どうしたことでしょう。これは……」
「本当に誰も居ないのか」
アルは、朽ち果てた建物の中を覗いている。
「気を付けて下さい。何者が潜んでいるかわかりません」
「大丈夫だ。剣はある」
イスハークの注意にも、アルは知らぬ顔だ。
「どうにも妙な雰囲気です。部下の者に、探索させましょうか」
サディクが申し出るが、アルは頭を振った。
「いや、このまま進もう。ここで留まるには、時間が惜しい。船員に怪我人が出ても困る。俺が先頭、柚、イスハークを真ん中に。サディク、お前は殿だ。くれぐれも、誰もはぐれぬよう。他の者は船で待機だ」
四人で屍者の街と化した街を行く。
「どうして、こんな風になっちゃったのかな……」
建物は多く、色味も元は鮮やかだったのだろう。
螢華国らしい、赤や金、黄といった派手な色だったことがわかる。
それなのに、今は、すっかり剥げて、燻った色をしている。
イスハークは考え込み、困惑の声を発した。
「少なくとも、数か月前までは、今まで通りだったはずですが――一体何が……」
イスハークが情報を得ていないということは、本当に最近の出来事か、または余程秘匿された出来事だったに違いない。
それは、国の中枢でもあるバハル国情報部が、未だ螢華国の実態を知らないということと同義だった。
アルの腕に守られながら、恐る恐る進んだ街の先は、港と同じ、もぬけの殻だった。
「突然、住民全員が蒸発したかのようだな」
机に置きっぱなしの、読みかけの新聞。
半分開いたままの扉。
大慌てで出て行ったようにも、あまり見えない。
――いや、わからない。
人が居ないことを除けば、あまりにものどかな日常風景が広がっていた。
街に住んでいた人々が、居なくなってしまう直前、何が起こっていたのかは、判然としない。
だが、まるで普段通り生活をしていて、急に消えてしまったかのような、不可解さがあった。
「おぬしら、どこからやって来た」
店を覗き込む僕たちの背後から、急に剣呑な声が掛かった。
驚いて、振り向く。
瘦せこけた老婆が、ぎろりと僕たちを捉えた。
アルは僕たちを下がらせ、一歩前に出る。
「バハル国使節団の者だ。この街の様子を知っているなら教えて貰いたい」
「この街の人間はねえ、皆死んだよ。『砂漠の薔薇』でな。多くの死者を出した。恐ろしいことだ」
「貴女はこの街の生き残りか」
アルの前に出て、サディクは尋ねる。
「そうさ。ワシは占い師でな。あるとき――一年ほど前か。街に死星が出ておったでな。ここを離れた。したら、案の定だ。詳しいことは、ワシも知らぬ」
老婆はぎょろりとした目で、僕を真っ直ぐに見据えた。
「お主――死相が出ておるな」
降り立ってすぐ、僕は違和感に包まれる。
「え……っ?」
港には、全く人が居なかった。
他の船に乗り込む乗船客も、慌ただしく積み荷の上げ下ろしをしている様子もない。
港と言えば、行き交う人々で、活気のあるイメージだというのに、まったく寂れている。
港には、人っ子一人いなかった。
イスハークも唖然としながら、顔がわからぬよう、ブルカのように巻き付けた布から、周囲を見回した。
「一体、どうしたことでしょう。これは……」
「本当に誰も居ないのか」
アルは、朽ち果てた建物の中を覗いている。
「気を付けて下さい。何者が潜んでいるかわかりません」
「大丈夫だ。剣はある」
イスハークの注意にも、アルは知らぬ顔だ。
「どうにも妙な雰囲気です。部下の者に、探索させましょうか」
サディクが申し出るが、アルは頭を振った。
「いや、このまま進もう。ここで留まるには、時間が惜しい。船員に怪我人が出ても困る。俺が先頭、柚、イスハークを真ん中に。サディク、お前は殿だ。くれぐれも、誰もはぐれぬよう。他の者は船で待機だ」
四人で屍者の街と化した街を行く。
「どうして、こんな風になっちゃったのかな……」
建物は多く、色味も元は鮮やかだったのだろう。
螢華国らしい、赤や金、黄といった派手な色だったことがわかる。
それなのに、今は、すっかり剥げて、燻った色をしている。
イスハークは考え込み、困惑の声を発した。
「少なくとも、数か月前までは、今まで通りだったはずですが――一体何が……」
イスハークが情報を得ていないということは、本当に最近の出来事か、または余程秘匿された出来事だったに違いない。
それは、国の中枢でもあるバハル国情報部が、未だ螢華国の実態を知らないということと同義だった。
アルの腕に守られながら、恐る恐る進んだ街の先は、港と同じ、もぬけの殻だった。
「突然、住民全員が蒸発したかのようだな」
机に置きっぱなしの、読みかけの新聞。
半分開いたままの扉。
大慌てで出て行ったようにも、あまり見えない。
――いや、わからない。
人が居ないことを除けば、あまりにものどかな日常風景が広がっていた。
街に住んでいた人々が、居なくなってしまう直前、何が起こっていたのかは、判然としない。
だが、まるで普段通り生活をしていて、急に消えてしまったかのような、不可解さがあった。
「おぬしら、どこからやって来た」
店を覗き込む僕たちの背後から、急に剣呑な声が掛かった。
驚いて、振り向く。
瘦せこけた老婆が、ぎろりと僕たちを捉えた。
アルは僕たちを下がらせ、一歩前に出る。
「バハル国使節団の者だ。この街の様子を知っているなら教えて貰いたい」
「この街の人間はねえ、皆死んだよ。『砂漠の薔薇』でな。多くの死者を出した。恐ろしいことだ」
「貴女はこの街の生き残りか」
アルの前に出て、サディクは尋ねる。
「そうさ。ワシは占い師でな。あるとき――一年ほど前か。街に死星が出ておったでな。ここを離れた。したら、案の定だ。詳しいことは、ワシも知らぬ」
老婆はぎょろりとした目で、僕を真っ直ぐに見据えた。
「お主――死相が出ておるな」
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