不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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二、螢華国

百六十三、皇帝陛下の夜伽役

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「――は、い?」
 アスアドと柚に何と報告したものか、と思案していた為、イスハークは、藍炎の言葉を一瞬で理解することが叶わなかった。

「今何と――?」
 それは、藍炎にとっては、純粋な質問ではなく、事象の説明と捉えたらしい。

螢華国けいかこく長い歴史ある。妃も沢山輩出してきた」
「……ええ、存じております」
「名家の娘、商家の娘――それ以外に、姫付きの宮廷女官も、皇帝の御目通おめどおりあるネ」
「はあ……」

 それはそうだろう。
 要するに、皇帝陛下の視界に入る人間すべての中で、誰が選ばれるかという戦いだ。

 場合によっては、妃より女官の方が先に皇帝の御手付きになることさえ有り得る。
 恐ろしい競争の世界だ。

「イスハーク殿も分かっているハズ。姫の側近だからこそ、そういう覚悟も必要ネ。皇帝陛下は、姫も、付き人である貴方のことも気に入ってるネ」
「それは――ありがとう存じます……」

 何と言えば良いのだろうか。
 皇帝陛下に好かれたとて、嬉しいという気持ちにはなれない。
 むしろ、潜入調査の妨げになりそうなので出来れば放っておいて欲しい。

 好都合であるのは、既にアスアドの妃である柚から、目を逸らすことが出来る点だ。逆にそれ以外の利点がない。

(藍炎殿の――ただの雑談かもしれませんし)
 どうもこの男は、本気かそうでないかの区別がつきにくい。

 イスハークは淡く微笑する。

「バハル国から参った我が姫は、非常に可愛らしく、聡明な方でいらっしゃいます。姫を一目見れば、私など到底敵いません。陛下もすぐに、そのようなおたわむれを申されることもなくなるでしょう」

 きっとそうに違いない。――そうでなくては困る。

 イスハークには、最愛のサディクが居る。

 柚は実際、非常に愛らしく誰からも好かれる可憐さがある。また、芯が強く聡明で、イスハークは柚の妃としての能力を高く評価している。
 他国に易々と差し出すわけにはいかないが、潜入調査の任務もこなさなくてはならない。

 最も難しいことに、皇帝から遥か遠ざかっていては事の次第は伺えず、また過ぎた寵愛は潜入調査を滞らせるという、板挟みであることだった。

「これ冗談ないネ。もし、陛下から春霞殿しゅんかでんにお通りあった場合――少なくとも、イスハーク殿のような側近は夜伽の監視役になるネ。だが陛下、床入りで誰を選ぶかわからない。準備しておくヨロシ」

「――承知致しました」

 現皇帝は、姫の従者に糸目をつけないほど好色であったろうか。
 そんな噂は聞いたことがなかった。

(しかも、柚様も私も男性ですのに……)

 柚は、藍炎に下半身を直に触られたと聞いている。
 皇帝と性行為をしたとしても、子を為せない――男性であるということは、藍炎から既に聞いているだろう。

 イスハークはそっと息を吐いた。
(私も男だと、既にわかっているでしょうに)

 幾ら中性的な容姿をしているとはいえ、柚が男性だとバレた以上、イスハークはどうあっても男性である。姫の傍に異性を置くはずがないからだ。

 そう思えば、計画の半分は既に破綻していた。
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