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二、螢華国
百六十二、龍藍炎VSイスハーク 不自然なお茶会(6)
しおりを挟むイスハークは、微笑しながらも少し眉を下げてみせる。
「そう言われましても、急にはとても……一旦、猶予をいただいても――?」
だが、藍炎は鋭く言い放った。
「先延ばしは許さないネ。アンタがダメなら、違う候補を考えるだけ」
(そう来るとは思いましたが……)
主人である柚の元に戻る前に、何としても意向を決めさせたいようだ。
藍炎の言葉を素直に受け取るならば、だれかれ構わず、誘いを掛けているわけではないらしい。
(ならば、私が今ここで断るという選択をすれば、柚様の後宮での扱いは地に落ちるということ……)
そうなれば、のちの弊害があまりにも簡単に予想出来た。
潜入調査はおろか、後宮に入った妃としての尊厳すら守られるかどうか怪しい。
(今だって、射撃のような無茶を課されているというのに……)
『砂漠の薔薇』を調べることなど、夢のまた夢になりかねない。
イスハークは決意し、ゆっくりと告げた。
「我が姫に、何らかの益があるようでしたら……」
柚にとって、何か利益がなければ断る、と言ったも同じだ。
しかし、見返りがあれば受け入れると言ったのだから、断り文句ではない。
藍炎は四阿の天井を見上げた。
「そう言うと思ったネ。既得権益で我慢して欲しかったが――何が望みネ」
こういった事態を、イスハークはある程度予想していた。
しかし、悩む演技はしておかねばならない。
「突然のことですので、戸惑っておりますが――とりあえず一つは、我が姫の後宮での扱いの優先度を、わかりやすく何らかの形で上げていただきたく思います」
「唔……」
藍炎の感触は悪くない。
イスハークは、この絶好の機会を逃すつもりはなかった。
「もう一つ。私共三人に、皇帝図書館の使用権限をいただきたいと思いますが、如何でしょうか」
皇帝図書館とは、紫禁城の敷地内にある。文字通り皇帝が使用する為の図書館である。
武英殿と外朝を挟んで対岸、文華殿、文淵閣に跨っており、当然の如く部外者の立ち入りは禁じられている。
諸外国から訪れた姫たちもまた、入内したばかりの為、その使用は許されていない。
いずれ、立場が決定すれば入れることもあろうが、それは遥か遠い未来の話と言っても良かった。
更に、それは皇帝の正妃となれる者だけであろうことは、簡単に予想がつく。
この権限があるだけで、潜入調査の進捗は飛躍的に変わるだろう。
「何故、そんな場所を?」
藍炎は胡乱げな眼差しを向ける。
「我が姫は、書籍を好まれます。また、この国についてもよく知りたいと、好奇心旺盛でいらっしゃいます。その為、知識を蓄えたいと仰っていました。
いつか対面した皇帝陛下が、呆れられるほどの物知らずでは困りますから。――如何でしょうか」
無理なら結構なのですが、という雰囲気を暗に醸し出しながら、イスハークは遠慮がちに微笑した。
勿論、許可が降りなくては困るが、血眼になると相手に足元を見られる。
逡巡の後、藍炎は息を吐き出した。
「明白了。私から伝えておくネ」
「無理を聞いていただき、ありがとうございます」
一礼すると、藍炎と真正面から目が合った。
丸い色眼鏡の奥で、怜悧な瞳がイスハークを観察している。
「今後、後宮の中から姫を四人選出する。その一人は、バハル国の姫。春を司る春霞殿の巫女となって貰うネ。それが、後宮内での優先順位となる。不服は?」
「とんでもございません」
春夏秋冬――姫の順位はそのように選ばれる。
春を司るということは、後宮内で最も正妃に近いという証でもあった。
(少し――立場が重すぎますね……)
イスハークが実際に目指したところは、四姫の末端、秋冬周辺だ。
春となれば、陛下の一等気に入りの姫となる為、他の妃の目も多くなる。
皇帝と逢う機会も頻繁に増える。
潜入調査には幾ばくか不向きだ。
しかし、折角与えられた優位な立場を、断ることは出来ない。
(帰って、アル様と柚様に報告せねば)
茶会はそろそろ幕引きだろう。
しかし、藍炎はイスハークが予想だにしなかったことを尋ねた。
「イスハーク殿は、皇帝陛下の夜伽役はどうカ?」
と。
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