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二、螢華国
百八十二、皇帝の花嫁(2)
しおりを挟む「アル。イスハークの様子が……!」
「大方、先ほどのショックか、この麝香に当たったのだろう。柚は大丈夫か」
「僕は――とりあえず何ともないよ」
イスハークは歩くことすら難しい状態で、アルが抱き上げた。
息も絶え絶えに、イスハークはアルに懇願する。
「アスアド様……。どうかサディクを……」
「わかっている。柚。すまないが香炉を受け取ってくれるか」
風呂敷に包んだ香炉を、藍炎に手渡された。
「麝香の上の香だけ取り除いて、そのまま包んであるネ」
「ではな、ザカート。イスハークはどこかで休ませてやる必要があるのでな。退出させて貰う」
衒宗は悠々と応答する。
「好きにするといい。今宵はなかなかに楽しめた。久々に、あの祖国の空気を吸ったような気分だ。また、近々お目に掛かろう。――藍炎、見送ってやれ」
衒宗に拱手すると、藍炎は先頭を切って歩き出した。
「私の後に付いてくるといいネ」
昇殿の際に付き添ってくれた官が、一礼すると藍炎の後ろについた。
(やっぱり鍵は官が持っているんだ……)
火事や緊急の時はどうするのだというほどに、まどろっこしい扉を幾つも通り抜け、後宮に帰り着いた。
「夜伽のお務め、誠にお疲れ様でございました」
鍵を持った官は、スウと闇に消えるように存在感を失くす。
藍炎は、僕たちに告げた。
「看病に必要なものは後で届けさせるネ。何か足りないものがあれば言うヨロシ」
僕は気になっていたことを訊ねた。
「あの……、藍炎さん。衒宗……陛下とは、どうやって知り合ったの……?」
質問の意味がわからないとばかり、藍炎は目を細める。
「私は昔孤児だった。そこを衒宗皇帝陛下に拾われた。そうして側近になった。それだけネ。―――衒宗皇帝にとっては」
――衒宗陛下にとっては。
では、藍炎にとっては違うのだろうか。
僕は、その言葉に違和感をおぼえずにいられなかった。
「そんなことより、イスハーク殿を心配した方が良いネ。早く行くヨロシ」
後宮の扉が音を立てて閉まる。
それは、拒絶を意味する、心の音にもよく似ていた。
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