冷たい桜

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第二章

二、誰(た)が為の霊媒師

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 その翌週には、上島と神楽は華山家総本山に向かっていた。二人は乗ってきた車から降りる。

「ここからは車では進めない。かなり足腰にキツいから覚悟しとけよ」
 と上島は脅しのようなことを神楽に言った。

「そんなに歩くのかい?」
 神楽は不思議がるが、上島は、車を停めたところからは見えない、奥まった場所にある、広い石階段のところまで歩いていく。

「すぐそこだが、この階段を登らなきゃならん」

 上島は親指で階段を指し示す。その後ろには、天高く聳え立つかと思われるような石階段が、ずっと続いていた。  

 てっぺんが見えない。登るぞという気で来ないと、まさか、と叫びだしたくなるような階段だ。女性のハイヒールではおそらく半分も登れない。子どもなら尚更だろう。

「歩きにくい靴だと、たちまち靴擦れが出来るぞ」
 神楽は一瞬呆けていたようだったが、すぐに笑顔を取り戻す。神楽は優男に見える割りに、タフな男なのだ。
「大丈夫。頂上に着いたときにはぐったりしているかもしれないけどね」

 二人は、バベルの塔のような、石階段を一歩ずつ、登り始めた。
 頂上についたときには、息が切れていた。額を汗が覆う。普段は涼しい顔をしている神楽も、これには参ったようだ。

「運動不足だって身に染みたよ。テニスでも始めようかな」
 体の衰えがショックだったのか、そんなことを言う。

「行くぞ、この奥だ」
 階段を登りきったあとは、ひたすら平面が続く。そこは神社のような造りになっていた。鳥居をくぐり、砂利の音を立てて境内の側を過ぎる。

 すると、こじんまりとした寺らしきものが見えた。けれど近付くにしたがって、こじんまり、などという表現は全く似つかわしくないことが明らかになる。非常に大きな社堂だ。
いざ、入ろうとしたところで、呼び止められた。

「おーい! あ、気付いた気付いた。どうしたん、上島さん」

 賢木を入れた青いバケツを持ってやって来た男を見て、神楽は目を丸くした。何と、髪が金色だったのだ。どうやら、脱色したものなどではなく、純粋な地毛らしい。

 しかも、その髪は腰まで届くかというほどに長い。一つに束ねてはいるが、およそ霊媒師らしくない雰囲気だ。その外見とは裏腹に、服装は着物だった。

 白の無地の着物に、紺色の袴だ。神社でよく見る、巫女の服装の男版、という感じだった。金髪なのに、不思議とその恰好が良く映えている。まだ若い。おそらく二十代だろう。

「お久しぶりです」
 上島は敬語を使い頭を下げた。

「上島さん、敬語は使わんとって下さいって言うてるでしょう」
 困ったように金髪の男が言った。金髪長身に青い目、だがごてごての関西弁だ。

「いえ、しきたりですから」
 溜め息を一つついて、金髪の男が神楽を見た。

「こちらの方はどなたさん?」
「申し遅れました。こっちは神楽千静という者です。千春くんの兄です」
「初めまして」

 神楽が言うと、男は途端に嬉しそうな顔になった。
「ああ、貴方が千春のお兄さんですか! 初めまして、阿相玄天です」
「――え?」

 その反応を読んでいたかのように、上島は笑った。
「まだお若いが、れっきとした華山家総本山第二十八代目当主、阿相玄天さんだ」

「――――てっきり、もっと、お年を召した方かと……」
 神楽が呆然と言うと、阿相玄天は気にもしない様子で、愉快そうに笑った。

「皆そう言います。でも最近当主交代したところなんです。まだ俺は二十三歳ですが、先代の当主が亡くなったもんで。さあ、こんなとこで立ち話もなんですから、中入ってお茶でも飲みましょう」

義兄にいさん!」
 中に入ると、神楽千春が駆けて来た。千春は現在高校一年生だ。

「義兄さん、来るなら言ってくれれば良かったのに。ここに来てくれるのは初めてだよね」
 黒髪黒目の、元気の良い仔犬のような少年だ。まだ顔の線も幼い。服装は玄天と全く同じ恰好だった。

「ごめん、急に来ることになってね。千春、元気にしてたかい?」
「うん、もうすぐそっちへ少しだけ帰るから、またサッカーの相手してね」

 腹違いで仲の悪い兄弟は多くいるが、この二人の間にはそういったぎすぎすした感情は微塵もない。傍目にも、仲の良い兄弟だ。

「お師匠様、お茶か何か持ってきますね」
「おうサンキュー」

 千春は、そう言ってくるりと踵を返すと、奥に消えて行った。神楽千春は、阿相玄天の弟子として、華山家総本山で修行をしている。一年の殆どをここで過ごし、将来的には、霊媒師になる予定になっている。
「話があるみたいですから、奥に行きましょか」

 上島たちが通されたのは、畳の匂いの部屋だった。パッと見た感じはそれほど広くなく、せいぜい八畳程度だ。少し広いが、茶室に似ているかもしれない。奥の奥だけあって、ここならば誰にも聞かれずに、秘密の話が出来そうだった。

「早速ですが、話というのは、霊媒のことです。率直に申し上げると、千春くんにご協力頂きたい」
 阿相玄天は難しい顔をした。出会ったときの、気のいい感じは、今はなりを潜め、華山家総本山当主の顔だった。

「――千春が居た方がええですやろうな。ちょっと呼んできます」
 玄天が席を外すと、上島と神楽は二人取り残された。座布団の上で正座していた足を僅かに崩す。

「阿相玄天があんなに若い人だなんて思わなかったよ。勇朔も言ってくれればいいのに」
「驚いた方が面白いだろう?」
 煙草を出そうとして、上島は思いとどまる。諦めたように、服の内ポケットにしまった。

「でもあの人は最高レベルの霊媒師だ。そうでなきゃ当主なんてなれないけどな。普段は優しいしいい人だけど、やっぱりあの人は当主だよ」

 神楽が意味を問う前に、玄天は千春を連れて戻ってきた。千春はきょとんとした顔で、お茶と和菓子を乗せた盆を持っていた。お茶を配り終えると、改めて四人で座る。上島の横に神楽、その正面に玄天、そして斜め前に千春が座った。

「千春も聞きなさい。上島さんが協力して欲しいそうや」
「僕にですか?」

 上島が千春に協力して貰ったことは以前にもあった。今回ばかりが初めてというわけでもない。
「千春に協力して欲しいということは、属性はユエですか」
 玄天は温かい緑茶に口をつけながら尋ねた。上島は神楽に目くばせする。以前説明していた内容のことだ。

「ええ、今回ばかりは少し手ごわそうなので、助力を頂ければと」
 上島は、これまでの出来事を説明した。小学校での桜の事件、小笠原香乃の依頼の件などだ。

「問題は、桜の木自体に幽鬼が憑いているのか、遺体に憑いているのかという点です。桜の木に憑く幽鬼の方が多いかもしれませんが、そう考えると、遺体が墓から掘り出される理由がありません。俺は、遺体に憑いているのではないかと考えているのですが」

 上島の言葉が進むにつれ、玄天の表情は暗くなっていく。
「上島さん、それはもの凄い大事やないですか。俺でも依頼されたら受けるのを躊躇うほどですよ」

「そうなんですか?」
 神楽が割って入ると、玄天は嫌そうな顔もせず、説明してくれた。

「ええ。桜の木とか、そういう植物に憑く幽鬼は総じて霊媒が困難なんです。その木は樹齢何年ほどですか?」
「確か――三百年ほどです」
「三百年か……長いな」

 玄天は一人ごちた。その木が大きければ大きいほど、樹齢が長ければ長いほど、憑く幽鬼は高レベルになる。
「しかし、遺体に憑いていなければ、ことの説明がつかないのです。遺体を持ってきたのは、誰か? という話になりますから」

「せやなあ……」
 玄天は迷っていた。もし遺体に憑いていれば、総じて普通の霊、桜に憑いていれば、玄天ですら躊躇うほどの大物ということになる。

「でもなあ、解せへんのですわ。もし遺体に憑いてたとしても、何で遺体が桜の木の下まで来たかっちゅう問題が残りますやろ」

「それが――俺がその桜の木を見たとき、映像を見たんです。桜の木に首を吊っている女の人の映像を……」

「何やて?」
 玄天は身を乗り出した。

「まさか――『過去にあったことをもう一度繰り返している幽鬼』ということですか? 上島さん」
「おそらくは」

 玄天は、あちゃーと言うと後ろに手をついた。神楽は二人のやり取りの意味が分からない。その様子を見てか、玄天は神楽にも分かるように説明し始めた。

「神楽さん、貴方も上島さんの友人であり、千春のお兄さんですから、解るように説明させて貰います。幽鬼――霊が邪念を持ち始めて大きくなったものをそう呼ぶんですが――その中には、幾種かのパターンがあり、分類があり。レベルがあります。細こう説明しても、実感があらへんと思いますし、霊媒師でないと解らない点もありますんで、大雑把に説明します。

幽鬼には、行動パターンがあります。種々様々ですが、とり憑く対象や、どんな被害が起こってるかで、どの種類の幽鬼が特定することも出来るんです。

今回は、樹齢三百年もの桜の木に憑いているか、遺体に憑いているか、確定することは出来ません。ですが、樹齢三百年の木に憑いているとしても、遺体にしても、大物の可能性が予想されます。

それこそ――朔レベルの霊媒師でないと、祓えないほどに」

「すみません、『サク』とは――?」

「ああ、それはまだ説明してなかったな」
 玄天の後を継いで、上島が説明し始める。

「朔、というのは、ある意味属性の名称だ。字面は、俺の名前と同じ、勇朔の朔。属性は、例えば俺の属性は太陽サンユエ、千春くんの属性はユエ。けれど、もう一つだけ、違う属性がある。

それが朔だ。朔というのは、属性を持たないということに近い。サンユエでもユエでもない。

けど、朔の霊媒師は最強だ。苦手とする幽鬼がないからな。しかし、朔属性の霊媒師は、今この日本には存在しない。もし存在するとしても、百年か二百年に一度だと言われている」

「今上島さんが説明して下さった通りです。朔というのは、月の満ち欠けに関する名称で、朔の月は新月です。月の黄経が、太陽の黄経に等しいとき。つまり、新月には欠けた部分がないですやろ」

 神楽は頷く。千春も、口こそ出さないが、真剣に話を聞いていた。

「それが、力が強大たる所以です。我々は、属性を持つ限り半分の力しか持たんのです。だから、霊媒師は徒党を組んで霊媒に当たります。それも、必ず属性が違う者と一緒に。師匠と弟子は必ず属性が違う――というのは、上島さんからお聞きになりましたか?」

 神楽がいいえというと、玄天は続けた。
「要は、霊媒師は二人一緒になって、ようやく一つのものになるというふうに考えて頂ければ間違いないです。朔属性の霊媒師は、一人で全部を請け負えるがゆえに、寿命が短いとも言われています」

「そんな、ことがあるんですか……」
 神楽が呆然と呟く。

「パワーが強大過ぎて、人体が保たないんだろうな。」
 いつも霊や幽鬼が視えてしまう人間は、寿命が短い。それと似ている。

「だから、我々はその力の半分しか持てないようになっているんです。さて、さっきの話ですけど――過去にあったことをもう一度繰り返している幽鬼、のことです。神楽さん、自殺の名所ってご存知ですか?」
 いきなり物騒な話だ。

「自殺の名所、ですか? 青木ヶ原樹海とか……ですか?」
「そうそう。他は栃木の華厳の滝とか、福井の東尋坊とかやな。とにかく有名な自殺の名所ってありますやろ。あれ、何でそんなに自殺者ばかり出るか……分かりますか」

 上島は答えを知っているので、涼しい顔だ。神楽は一寸考えた後、比較的一般論だと思われる説を述べた。

「一人が自殺してそれが広まると、同じように死のうと思う人が集まってしまう、ということでしょうか」
「まあ、それもあるでしょうな。けど、ああいう場所には、尋常でない幽鬼がおります。最早、自然と一体化してしまって、引き離すことすら出来なくなっている幽鬼です。 そんなに成長するまで、奴らは、人間を喰らってきたんです」

 上島がびくりと肩を震わせた。以前、どこかで同じことを思った。人間を喰らう化け物。それは何だったか。

「人間を喰らってきたという言い方は正しくないかな。まあでもそんなもんです。幽鬼が力を増やすには、同じサイクルを繰り返す、、、、、、、、、、、ということが必要なんです」

「同じサイクルを繰り返す?」
「ええ、何十回も、何百回も、過去も現在も未来も分からないくらいに、同じサイクルを繰り返すんです。誰かが樹海で首を吊ったら、それと同じことを、何回も何回も起こそうとする。人間の方が惑わされて、結局命を落としてしまうんですわ。そもそも自殺の名所には自殺しようと思ってやってくる人間が多いんですから、簡単なもんです。

自殺の名所は皆どこも気味が悪い。それは肥大した幽鬼の誘う気配、死者の霊魂もありますが――そういったもんが引き起こしてる現象です」

「霊媒、なさらないんですか」
 神楽は突然そう言った。玄天はゆっくりと首を振る。

「俺らには無理です。邪念が大きくなりすぎて、手の施しようもない。末期癌のようなもんですから」
「しかし、そのまま放っておくというのは……!」
「神楽さん」

 静かな声だった。密やかだが、決して反発の出来ない声音。大きい声ではなかったのに、不思議と部屋の中をこだまするようだ。

「一つだけ、覚えておいて頂きたいことがあります。霊媒師には、失敗は許されません。失敗が、己の死を意味するからです。それがゆえに、霊媒師は必ず勝てる勝負しか出来ない。貴方は、見ず知らずの人の自殺を止めるために、上島さんを犠牲に出来ますか?」

 上島が眉間に皺を寄せて玄天を見た。神楽は無言だ。ただ拳を膝の上で強く握り締めている。

「しかも犠牲にしたところで、成功するとも限らない。成功したって、他の場所でまた自殺の名所が出来る。堂々巡りですわ。上島さんに聞かれたかもしれませんが、霊媒師の数は多く見積もっても十人程度です。ただでさえ少ない霊媒師を―しかもタッグを組まなければ出来ないことだ―みすみす死なせることは、出来ません」

「――仰るとおりです……」
 神楽は低く呟いた。
「誤解せんといて下さい。俺も、自殺しようとする人間を何とも思てへんわけやないんです。同情はしますし、可哀想だとも思います。けど――赤の他人と、自分の身内と、どっちが大事か、という話ですわ。冷たいようですけど、これが華山家総本山当主としての俺の務めです」

 そうなのだろう、と上島は思う。結局、赤の他人を哀れもうが、一緒に泣き崩れようが、自分の大切な人たちには換えられない。それだけのことだ。誰にでも家族があって、友だちが居て、自分の世界がある。――自分は、そんな家族のことすら、覚えていないのだが。上島は不意に可笑しくなって口の端を上げた。

「上島さん」
 玄天が意志を持った強い声で、名を呼んだ。

「今回の事件、どう見ても千春の手に負えるとは思えません。俺は千春を死なせたくありません。貴方にも死んで欲しくない。この依頼は断られる方が、双方のためかと思います」

 玄天は、深く頭を下げた。

「お師匠様、僕は……」
 千春は何事かを言いかけて、こらえるようにじっと畳を見つめた。寄せられた眉根の下の瞳が潤んで見えている。千春も、玄天と同じように、深く頭を下げる。長い礼だった。

「――――分かりました。こちらこそ、無理を申し上げてすみませんでした。では、失礼します」

「勇朔!」
 上島はさっさと立ち上がり、玄天と千春を見もせず去っていく。神楽は慌ててその後を追いかけた。
「勇朔!」

 立派な玄関から外に出て、入り口の鳥居の方へ向かう。上島は早速内ポケットから、煙草のハイライトを取り出した。来るときは目にも入らなかったのだが、鳥居の側に大きな桜の木があった。花は八分咲き、満開にはもう少しだろう。それを観ながら、紫煙を吐き出した。

「勇朔、本当にあれでいいのかい。霊媒師は二人でやるものなんだろう。そうなら手伝って貰わないことには――――」

「チセイ」

 時が、止まった。

 満開を急かすように散る桜の花びらだけが、時間軸が違うみたいに、しんしんと降る。

 いや、まだ八分咲きなのだから、花が散るはずはない。しかし、確かに散っていたように、神楽には見えた。まるで、雪のように。神楽は影を縫いとめられたかのように動けない。

 上島は言葉と、煙草の煙を一緒に吐き出しながら、静かに言った。

「俺は、一人でもやる」
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