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異世界転生
状況整理
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フローラと一緒に屋敷に戻ってからは、自室に籠ってこの世界の事、私の事、そして今の状況を必死に確認した。
ノートとペンがあってよかった。今までだって私の行動はノートに書くことで始まってきた。
【レヴィアナの記憶】
【セレスティアル・ラブ・クロニクル】
【私の記憶】
次々に気になった事を書き出していく。
まず一番助かったのはこの世界で生きていくための【レヴィアナの記憶】が私の中にある程度残っていたことだ。
徐々に思い出してきた……という表現も変だが、はじめは何もわからなった屋敷も、今では迷わずに移動することがでるし、途中ですれ違ったメイドの名前も間違うことなく会話することができた。
ただすべて思い出せたわけでは無かった。なんで私があんな強力な魔法を使ったのと言ったことは思い出すことができなかった。
(でも……そんな事より……!)
指先を立てて体内にあるマナを集中させると指先にパチパチという音と共に火花が散る。私が魔法を使っている、それもごく自然に。
この世界では当たり前のことなのだろうけど、私にとっては夢のような出来事だ。
「これを……うん、あの石なんていいわね……。『サンダーボルト』」
小さく、本当に小さく出力のイメージをし、窓から外へ向けて外に転がっている石をめがけて魔法を唱える。狙い通り石がバチリという音と共に爆ぜた。
「ふふっ……すごい……!」
思わず頬がほころぶ。レヴィアナの部屋には魔法に関する書籍が大量にあった。きっとレヴィアナは優秀な魔法使いなんだと思う。初級魔法であるサンダーボルトはこうして簡単に使うことができるし、上級魔法のページにある魔法も問題なく使えそう、という事が感覚としてわかる。
ずっとこうして魔法で遊んでいたかったけどそうもいかない。
(次は……この世界について……よね)
【セレスティアル・ラブ・クロニクル】
ゲーム自体は平民のヒロインが魔法学校に入学して、貴族の攻略対象と出会って…という、いわゆる普通の乙女ゲーだ。
レトロゲーで、あまりメジャーではない一部のコアなファンがつくような類のゲームだったけど、私はこのゲームが好きだった。何周も何十週もした。攻略本も、解体新書といった設定資料も読み込んだ。だからどうすればいいかも全部知っている。
……知っているはずなんだけど、私のペンは止まったままだった。
―――そう、【私の記憶】も少しおかしい。
キャラクターについては覚えている。攻略対象の4人、イグニス・アルバスター、マリウス・ウェーブクレスト、セシル・ブリーズウィスパー、ガレン・アイアンクレストについても、ヒロインのアリシア・イグニットエフォートについても、学校の名前がセレスティアル・アカデミーという事も、この世界がフェアリス・アルカディアという名前であることも知っている。
【モンスターシーズン】は思い出すことができた。
【モンスターシーズン】までにレヴィアナに対しての好感度を下げておくと、レヴィアナの救済イベントが発生せずにレヴィアナは死ぬ。
ヒロインのアリシア視点では、それ以降のイベントで悪役令嬢レヴィアナに邪魔されることが無くなりイージーモードに突入するわけだが、レヴィアナである今はそのイベントを起こさせるわけにはいかない。
ただ、舞踏会や卒業式と言う大きなイベントはうっすら覚えているものの、それ以外のこの世界で起きるはずのイベントについては思い出すことができなかった。
(なにかまずいイベントとかもあったはずなのよね……)
確か予想外の……それこそバッドエンドと言われるものもあったはずだ。少しの間腕を組んで考えてみたものの、いまいちピンとこない。
(まぁ、あくまで私が知ってるのはアリシア視点だけだもんね)
レヴィアナのイベントなんてゲーム内に大して描かれない。
イベントの邪魔をして、ただ嫌がらせをしてくる成績優秀な嫌なヤツ、と言った感じだ。
(まぁ、なんとかなるでしょ!せっかく憧れのゲームの世界に転生できたわけだし!)
大好きなゲームを初見プレイができると思えば、それはとっても、とっても楽しいことかもしれない。
(それに、もしこれで死ぬとしても悔いはない。だって……)
そこで不意に言葉が詰まる。
胸が痛い。ギュッと締め付けられるように得体のしれない感情が広がっていく。
(あれ……?なんで……?なに……これ?)
これはレヴィアナの記憶?それとも私の?
わからない。わからないけれど、とても大切なものだった気がする。
涙がこぼれそうになるのを堪えて、大きく深呼吸をする。
(いけない、冷静にならなくちゃ……。まだ何もしてないじゃない)
首を振って深呼吸を繰り返す。この分からないことについて考えるのはとりあえず棚上げする事にした。今はやることがある。
「せっかく憧れのセレスティアル・ラブ・クロニクルの世界に来たんだもの!」
誰もいない部屋の中でそう声を上げて、両手で頬を叩き、気合を入れる。パンっと小気味良い音が部屋に響いた。
「私は……私は誰よりもこの世界を楽しむんだ!!」
訳も分からず憧れのゲームの世界で1人きりになってしまった私にとって、今はその目標だけが心の支えだった。
***
この世界を楽しむと決めてからは積極的に屋敷中を探検した。
書斎に入っては日がな一日入り浸り、この世界の事についてひたすら調べた。
レヴィアナの中にある記憶と、私の頭の中にあるセレスティアル・ラブ・クロニクルの設定資料が少しずつ頭の中で交わり、欠けたピースを埋めていくような感覚を覚えた。そして世界が私の頭の中で補完されていく。
本を読むのはとても楽しい。知らないことについて知るのは本当に楽しい。
「お嬢様は本当に本が好きなんですね」
そんな私の様子をずっと見守ってくれていたフローラはいつもそう言って笑っていた。
この屋敷には私はルールをあまり知らないチェスの部屋など、娯楽のための部屋がいくつもあったが、大抵は部屋にある本を読んでいた。
「魔法学校に入学しても遅れを取らないように、日々鍛錬ですわ」
なんてうそぶいてごまかしたが、単に楽しくて仕方がないだけの話だった。そして何より魔導書については1年中読んでいても読み切れないのではないかという量があり、本を読みながら実践するだけですぐに一日が終わってしまった。
本のページを読みふけるうちにいつしか日も暮れ夕食の時間になっていて、時間になっても大広間に行かない私を探して屋敷中を使用人が探されしぶしぶ中断して食事に向かうなんて日常茶飯事になっていた。
「ごめんなさい。ついつい夢中になってしまってしまいまして」
「いいえ、お嬢様。夢中になれる事があるのは良い事ですわ」
そうしてクスクスと笑うフローラに連れられてようやく夕食の席に着くのだった。
食事も見たことが無いような料理がたくさん出てきたが、どれもとても美味しかった。食事の時にはアルドリックも使用人が全員揃ってにぎやかなおしゃべりをしながら楽しい時間を過ごすのが日常だった。
私はそれに加わって、知らない料理が運ばれてくる度に「これはなに?」と聞いては、フローラに説明してもらい、時には自分で作ってみたりしていた。
そんな風にようやくこの屋敷にも、キャラクターにも、世界にも慣れ始めて来た頃だった。
「明日はいよいよセレスティアル・アカデミーの入学式だね」
アルドリックがワインの入ったグラスを傾けながらそう呟いた。
「えぇ……緊張いたしますわ」
あの4人の貴族たちに実際会うとどんな感じなんだろう。それに実際に会うヒロイン、アリシアがどんな人なのかも気になる。
「入学祝い……という訳ではないんだが、これを君に渡しておくよ」
渡されたものはリボンのついた小さな箱だった。開けてみるときらびやかな装飾が施された小さなペンダントが入っていた。きっと今の私、レヴィアナにはとてもよく似合う。
「お父様……これは?」
「我が家に伝わるお守りだよ。魔法学校では辛いことも、苦しいことも沢山あると思う。それでも諦めずに、最後まで楽しんで欲しい」
ゲームの世界でキャラクターに『楽しんでほしい』、なんて言われるとついついテーマパークのキャストロボを思い出して少しだけ笑いそうになってしまう。
それでも私の顔を見るアルドリックの初めて見せる真剣な眼差しに、私も表情を引き締めてしっかりと頷く。
早速ペンダントを首にかけると、胸元に青い宝石がキラリと輝いて私を励ましてくれているような気がした。
そんな私を満足げに見つめてアルドリックは席を立ち私の背中越しに手を置いた。
「きっと楽しいこともあるだろう。そして辛いこともあるかもしれない。でも私はいつでも君の味方だ。君ならきっと乗り越えられるよ」
「もうどうしたんですか?お父様、そんな真面目ぶってしまって」
いつもとのギャップに私が笑いをこらえながら冗談めかしてそう言うと、フローラもクスクスと笑っていた。
「きっとお嬢様としばらく会えなくなるのが寂しいのですよ」
「はっはっはっ!いや、なに。レヴィが頑張るというのだ。応援したいじゃないか」そういいながら私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ちょっ、お父様!髪が乱れますわ!」
そう抗議の声を上げてもアルドリックはいたずらっ子のように笑うだけだった。
(なんだかくすぐったい)
お腹の奥の方がキューっと熱くなる。その事が嬉しいような恥ずかしいような、それでいてほわほわした捉えようのない気持ちになる。これが「家族」というモノなのかもと思ってみたりもした。
特別な日のデザートと呼ばれて運ばれてきたこれまた絶品の料理をこれでもかというくらいお腹に詰め込み満腹になった私は、食事を終えて自室に戻るとそのままベッドに飛び込んだ。
(あー……幸せ……)
ふかふかなベッドに包まれながら、服にしわがつくのも気にせずゴロゴロしてしながらペンダントの宝石を撫でる。
細い艶のある長い髪が耳をくすぐるのにもようやく慣れてきた。
(このペンダント……なんなんだろう……?見たことがないけど……?)
まさかこんなにも早くイベントが起こるなんて思わなかったけど、きっとこのペンダントも何かのイベントのキーアイテムなのかもしれない。
―――もしかしてヒロインのアリシアに渡したら何かイベントが発展したりして?でもアリシアがこんなペンダントをレヴィアナから受け取るシーンなんて見たことがないわよね?攻略対象で一番好きなイグニスに渡してみたりしたらどうなるんだろう……?
―――もしアリシアのイベントを全部私が横取りして攻略対象の4人を全部ひとり占めしたらどうなっちゃうんだろう?
―――ほかにも私みたいな人間がどこかにいて、イベントの邪魔をしていきたりしたら?
「それは……ちょっと面白いかも……」
そんないたずらっ子みたいな考えをしてついクスリと笑ってしまう。
この世界は未知で溢れている。知らない事が沢山でそれが何より楽しかった。
それに少なくともこの屋敷の使用人たちは皆親切だし、アルドリックもフローラも本当に優しい。どこかで感じていた寂しい感情もいつしか解きほぐされていた。
明日からもどんなことがあるのだろうかと考えるとわくわくしてくる。
――――まずはアリシアと仲良くなって、モンスターシーズンを乗り越えて……
――――魔法大会とかも楽しみ……。私が魔法かぁ……。
――――舞踏会も楽しみだなぁ……。私は誰と踊るんだろう……?
――――卒業式、一緒に証書を受け取る人が私にも居るのかな?卒業した後はどうなるんだろう?
考えれば考えるほど未知の夢があふれてくる。
(夢でも魔法でもない、これが現実なんだ)
セレスティアル・アカデミー、そこで何が起きるのか、私は楽しみで仕方がなかった。
***
「もうそろそろお休みになられてはいかがですか?」
書斎で一人ペンを走らせるアルドリックにフローラが声をかける。
「あぁ、フローラ……。おお!こんな時間か」
そう言ってアルドリックはペンを置き、目頭を押さえる。
「お嬢様はもうお休みになられましたよ」
「そうか……」
そう言ってアルドリックは立ち上がり伸びをする。
「フローラ、君には本当に感謝してるよ」
「なんですか?突然改まって」
アルドリックは照れくさそうに鼻をこすると、少しだけ視線をそらす。
「いや、フローラがあの子の魔法の先生で本当によかったって思ってね。おかげであんなに凄い魔法を使えるようになった」
「私は本当に肝を冷やしました。裏山から爆発音が聞こえた時は一体何が起きたのかと……」
フローラはあの時の爆発を思い出して苦笑する。
「はっはっはっ!なんせ私譲りの魔法のセンスで君みたいな優秀な先生がついているんだ。それにあの子は素直だしきっとすぐに上達するさ」
「私はお嬢様にあんな魔法教えていませんよ?一応、念のため」
「わかっているとも。きっとあればあの子が自分で見つけたものだ」
アルドリックは満足気に書斎の窓の外に目を向ける。真っ暗な空がの中に星がキラキラと光っていた。
「セレスティアル・アカデミー……か……」
「お嬢様ならきっと大丈夫ですよ」
そう微笑むフローラにアルドリックも笑顔で頷く。
「ほら、明日寝坊なされないようにそろそろお休みくださいませ。片づけは私がやっておきますから」
そう言ってフローラはアルドリックの書斎の片づけを始めると、部屋の隅に広げられていたチェスに目を留めた。
「そういえばここ何日かお嬢様とチェスをしていらっしゃいませんね」
「あぁ……。その、なんだ……魔法学校の勉強とか忙しそうだったからね。学校をと卒業してからいくらでも一緒にやればいいさ」
そう言ってアルドリックは歯切れの悪い言葉を返す。
「そうですか……。ふふっ」
「な、なんだい?」
「いいえ、なんでもございませんわ」
そう言ってフローラは悪戯っぽく笑うのだった。
「最近負けっぱなしでしたものね」
「そうなんだよ!全くあの子は親の威厳なんて考えないんだから」
そう言ってアルドリックは苦笑しながらノートを棚に仕舞い、席を立つ。
「まったく誰に似たんだろうね……」
「きっと、旦那様に似たのですわ」
「……そうか……。それじゃあ仕方ないな」
アルドリックは笑いながら書斎の灯りを消した。
ノートとペンがあってよかった。今までだって私の行動はノートに書くことで始まってきた。
【レヴィアナの記憶】
【セレスティアル・ラブ・クロニクル】
【私の記憶】
次々に気になった事を書き出していく。
まず一番助かったのはこの世界で生きていくための【レヴィアナの記憶】が私の中にある程度残っていたことだ。
徐々に思い出してきた……という表現も変だが、はじめは何もわからなった屋敷も、今では迷わずに移動することがでるし、途中ですれ違ったメイドの名前も間違うことなく会話することができた。
ただすべて思い出せたわけでは無かった。なんで私があんな強力な魔法を使ったのと言ったことは思い出すことができなかった。
(でも……そんな事より……!)
指先を立てて体内にあるマナを集中させると指先にパチパチという音と共に火花が散る。私が魔法を使っている、それもごく自然に。
この世界では当たり前のことなのだろうけど、私にとっては夢のような出来事だ。
「これを……うん、あの石なんていいわね……。『サンダーボルト』」
小さく、本当に小さく出力のイメージをし、窓から外へ向けて外に転がっている石をめがけて魔法を唱える。狙い通り石がバチリという音と共に爆ぜた。
「ふふっ……すごい……!」
思わず頬がほころぶ。レヴィアナの部屋には魔法に関する書籍が大量にあった。きっとレヴィアナは優秀な魔法使いなんだと思う。初級魔法であるサンダーボルトはこうして簡単に使うことができるし、上級魔法のページにある魔法も問題なく使えそう、という事が感覚としてわかる。
ずっとこうして魔法で遊んでいたかったけどそうもいかない。
(次は……この世界について……よね)
【セレスティアル・ラブ・クロニクル】
ゲーム自体は平民のヒロインが魔法学校に入学して、貴族の攻略対象と出会って…という、いわゆる普通の乙女ゲーだ。
レトロゲーで、あまりメジャーではない一部のコアなファンがつくような類のゲームだったけど、私はこのゲームが好きだった。何周も何十週もした。攻略本も、解体新書といった設定資料も読み込んだ。だからどうすればいいかも全部知っている。
……知っているはずなんだけど、私のペンは止まったままだった。
―――そう、【私の記憶】も少しおかしい。
キャラクターについては覚えている。攻略対象の4人、イグニス・アルバスター、マリウス・ウェーブクレスト、セシル・ブリーズウィスパー、ガレン・アイアンクレストについても、ヒロインのアリシア・イグニットエフォートについても、学校の名前がセレスティアル・アカデミーという事も、この世界がフェアリス・アルカディアという名前であることも知っている。
【モンスターシーズン】は思い出すことができた。
【モンスターシーズン】までにレヴィアナに対しての好感度を下げておくと、レヴィアナの救済イベントが発生せずにレヴィアナは死ぬ。
ヒロインのアリシア視点では、それ以降のイベントで悪役令嬢レヴィアナに邪魔されることが無くなりイージーモードに突入するわけだが、レヴィアナである今はそのイベントを起こさせるわけにはいかない。
ただ、舞踏会や卒業式と言う大きなイベントはうっすら覚えているものの、それ以外のこの世界で起きるはずのイベントについては思い出すことができなかった。
(なにかまずいイベントとかもあったはずなのよね……)
確か予想外の……それこそバッドエンドと言われるものもあったはずだ。少しの間腕を組んで考えてみたものの、いまいちピンとこない。
(まぁ、あくまで私が知ってるのはアリシア視点だけだもんね)
レヴィアナのイベントなんてゲーム内に大して描かれない。
イベントの邪魔をして、ただ嫌がらせをしてくる成績優秀な嫌なヤツ、と言った感じだ。
(まぁ、なんとかなるでしょ!せっかく憧れのゲームの世界に転生できたわけだし!)
大好きなゲームを初見プレイができると思えば、それはとっても、とっても楽しいことかもしれない。
(それに、もしこれで死ぬとしても悔いはない。だって……)
そこで不意に言葉が詰まる。
胸が痛い。ギュッと締め付けられるように得体のしれない感情が広がっていく。
(あれ……?なんで……?なに……これ?)
これはレヴィアナの記憶?それとも私の?
わからない。わからないけれど、とても大切なものだった気がする。
涙がこぼれそうになるのを堪えて、大きく深呼吸をする。
(いけない、冷静にならなくちゃ……。まだ何もしてないじゃない)
首を振って深呼吸を繰り返す。この分からないことについて考えるのはとりあえず棚上げする事にした。今はやることがある。
「せっかく憧れのセレスティアル・ラブ・クロニクルの世界に来たんだもの!」
誰もいない部屋の中でそう声を上げて、両手で頬を叩き、気合を入れる。パンっと小気味良い音が部屋に響いた。
「私は……私は誰よりもこの世界を楽しむんだ!!」
訳も分からず憧れのゲームの世界で1人きりになってしまった私にとって、今はその目標だけが心の支えだった。
***
この世界を楽しむと決めてからは積極的に屋敷中を探検した。
書斎に入っては日がな一日入り浸り、この世界の事についてひたすら調べた。
レヴィアナの中にある記憶と、私の頭の中にあるセレスティアル・ラブ・クロニクルの設定資料が少しずつ頭の中で交わり、欠けたピースを埋めていくような感覚を覚えた。そして世界が私の頭の中で補完されていく。
本を読むのはとても楽しい。知らないことについて知るのは本当に楽しい。
「お嬢様は本当に本が好きなんですね」
そんな私の様子をずっと見守ってくれていたフローラはいつもそう言って笑っていた。
この屋敷には私はルールをあまり知らないチェスの部屋など、娯楽のための部屋がいくつもあったが、大抵は部屋にある本を読んでいた。
「魔法学校に入学しても遅れを取らないように、日々鍛錬ですわ」
なんてうそぶいてごまかしたが、単に楽しくて仕方がないだけの話だった。そして何より魔導書については1年中読んでいても読み切れないのではないかという量があり、本を読みながら実践するだけですぐに一日が終わってしまった。
本のページを読みふけるうちにいつしか日も暮れ夕食の時間になっていて、時間になっても大広間に行かない私を探して屋敷中を使用人が探されしぶしぶ中断して食事に向かうなんて日常茶飯事になっていた。
「ごめんなさい。ついつい夢中になってしまってしまいまして」
「いいえ、お嬢様。夢中になれる事があるのは良い事ですわ」
そうしてクスクスと笑うフローラに連れられてようやく夕食の席に着くのだった。
食事も見たことが無いような料理がたくさん出てきたが、どれもとても美味しかった。食事の時にはアルドリックも使用人が全員揃ってにぎやかなおしゃべりをしながら楽しい時間を過ごすのが日常だった。
私はそれに加わって、知らない料理が運ばれてくる度に「これはなに?」と聞いては、フローラに説明してもらい、時には自分で作ってみたりしていた。
そんな風にようやくこの屋敷にも、キャラクターにも、世界にも慣れ始めて来た頃だった。
「明日はいよいよセレスティアル・アカデミーの入学式だね」
アルドリックがワインの入ったグラスを傾けながらそう呟いた。
「えぇ……緊張いたしますわ」
あの4人の貴族たちに実際会うとどんな感じなんだろう。それに実際に会うヒロイン、アリシアがどんな人なのかも気になる。
「入学祝い……という訳ではないんだが、これを君に渡しておくよ」
渡されたものはリボンのついた小さな箱だった。開けてみるときらびやかな装飾が施された小さなペンダントが入っていた。きっと今の私、レヴィアナにはとてもよく似合う。
「お父様……これは?」
「我が家に伝わるお守りだよ。魔法学校では辛いことも、苦しいことも沢山あると思う。それでも諦めずに、最後まで楽しんで欲しい」
ゲームの世界でキャラクターに『楽しんでほしい』、なんて言われるとついついテーマパークのキャストロボを思い出して少しだけ笑いそうになってしまう。
それでも私の顔を見るアルドリックの初めて見せる真剣な眼差しに、私も表情を引き締めてしっかりと頷く。
早速ペンダントを首にかけると、胸元に青い宝石がキラリと輝いて私を励ましてくれているような気がした。
そんな私を満足げに見つめてアルドリックは席を立ち私の背中越しに手を置いた。
「きっと楽しいこともあるだろう。そして辛いこともあるかもしれない。でも私はいつでも君の味方だ。君ならきっと乗り越えられるよ」
「もうどうしたんですか?お父様、そんな真面目ぶってしまって」
いつもとのギャップに私が笑いをこらえながら冗談めかしてそう言うと、フローラもクスクスと笑っていた。
「きっとお嬢様としばらく会えなくなるのが寂しいのですよ」
「はっはっはっ!いや、なに。レヴィが頑張るというのだ。応援したいじゃないか」そういいながら私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ちょっ、お父様!髪が乱れますわ!」
そう抗議の声を上げてもアルドリックはいたずらっ子のように笑うだけだった。
(なんだかくすぐったい)
お腹の奥の方がキューっと熱くなる。その事が嬉しいような恥ずかしいような、それでいてほわほわした捉えようのない気持ちになる。これが「家族」というモノなのかもと思ってみたりもした。
特別な日のデザートと呼ばれて運ばれてきたこれまた絶品の料理をこれでもかというくらいお腹に詰め込み満腹になった私は、食事を終えて自室に戻るとそのままベッドに飛び込んだ。
(あー……幸せ……)
ふかふかなベッドに包まれながら、服にしわがつくのも気にせずゴロゴロしてしながらペンダントの宝石を撫でる。
細い艶のある長い髪が耳をくすぐるのにもようやく慣れてきた。
(このペンダント……なんなんだろう……?見たことがないけど……?)
まさかこんなにも早くイベントが起こるなんて思わなかったけど、きっとこのペンダントも何かのイベントのキーアイテムなのかもしれない。
―――もしかしてヒロインのアリシアに渡したら何かイベントが発展したりして?でもアリシアがこんなペンダントをレヴィアナから受け取るシーンなんて見たことがないわよね?攻略対象で一番好きなイグニスに渡してみたりしたらどうなるんだろう……?
―――もしアリシアのイベントを全部私が横取りして攻略対象の4人を全部ひとり占めしたらどうなっちゃうんだろう?
―――ほかにも私みたいな人間がどこかにいて、イベントの邪魔をしていきたりしたら?
「それは……ちょっと面白いかも……」
そんないたずらっ子みたいな考えをしてついクスリと笑ってしまう。
この世界は未知で溢れている。知らない事が沢山でそれが何より楽しかった。
それに少なくともこの屋敷の使用人たちは皆親切だし、アルドリックもフローラも本当に優しい。どこかで感じていた寂しい感情もいつしか解きほぐされていた。
明日からもどんなことがあるのだろうかと考えるとわくわくしてくる。
――――まずはアリシアと仲良くなって、モンスターシーズンを乗り越えて……
――――魔法大会とかも楽しみ……。私が魔法かぁ……。
――――舞踏会も楽しみだなぁ……。私は誰と踊るんだろう……?
――――卒業式、一緒に証書を受け取る人が私にも居るのかな?卒業した後はどうなるんだろう?
考えれば考えるほど未知の夢があふれてくる。
(夢でも魔法でもない、これが現実なんだ)
セレスティアル・アカデミー、そこで何が起きるのか、私は楽しみで仕方がなかった。
***
「もうそろそろお休みになられてはいかがですか?」
書斎で一人ペンを走らせるアルドリックにフローラが声をかける。
「あぁ、フローラ……。おお!こんな時間か」
そう言ってアルドリックはペンを置き、目頭を押さえる。
「お嬢様はもうお休みになられましたよ」
「そうか……」
そう言ってアルドリックは立ち上がり伸びをする。
「フローラ、君には本当に感謝してるよ」
「なんですか?突然改まって」
アルドリックは照れくさそうに鼻をこすると、少しだけ視線をそらす。
「いや、フローラがあの子の魔法の先生で本当によかったって思ってね。おかげであんなに凄い魔法を使えるようになった」
「私は本当に肝を冷やしました。裏山から爆発音が聞こえた時は一体何が起きたのかと……」
フローラはあの時の爆発を思い出して苦笑する。
「はっはっはっ!なんせ私譲りの魔法のセンスで君みたいな優秀な先生がついているんだ。それにあの子は素直だしきっとすぐに上達するさ」
「私はお嬢様にあんな魔法教えていませんよ?一応、念のため」
「わかっているとも。きっとあればあの子が自分で見つけたものだ」
アルドリックは満足気に書斎の窓の外に目を向ける。真っ暗な空がの中に星がキラキラと光っていた。
「セレスティアル・アカデミー……か……」
「お嬢様ならきっと大丈夫ですよ」
そう微笑むフローラにアルドリックも笑顔で頷く。
「ほら、明日寝坊なされないようにそろそろお休みくださいませ。片づけは私がやっておきますから」
そう言ってフローラはアルドリックの書斎の片づけを始めると、部屋の隅に広げられていたチェスに目を留めた。
「そういえばここ何日かお嬢様とチェスをしていらっしゃいませんね」
「あぁ……。その、なんだ……魔法学校の勉強とか忙しそうだったからね。学校をと卒業してからいくらでも一緒にやればいいさ」
そう言ってアルドリックは歯切れの悪い言葉を返す。
「そうですか……。ふふっ」
「な、なんだい?」
「いいえ、なんでもございませんわ」
そう言ってフローラは悪戯っぽく笑うのだった。
「最近負けっぱなしでしたものね」
「そうなんだよ!全くあの子は親の威厳なんて考えないんだから」
そう言ってアルドリックは苦笑しながらノートを棚に仕舞い、席を立つ。
「まったく誰に似たんだろうね……」
「きっと、旦那様に似たのですわ」
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これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
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レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
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傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
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