悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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日常

生徒会室でのお茶会1

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「今日は無詠唱魔法と防御魔法についての勉強だ」

魔法訓練場にセオドア先生の声が響く。

「まずは無詠唱魔法魔法を使えるものはこのクラスにどのくらいいる?」

先生がそういうと、既に無詠唱で魔法を使えるものが15人程度手を挙げている。一応私も使えはするので、目立たない程度に小さく手を挙げる。

「ありがとう。通常魔法を使うときには詠唱を行うことでマナを練りこんだり、威力や魔法のイメージをしっかり想像することで魔法は形になっていく。しかし、無詠唱で行うことでそういった過程を省き魔法として形作らないといけないんだから難易度は高い」

生徒たちは全員真剣にセオドア先生の話を聞いている。

「ちなみに無詠唱で十分にイメージできずに魔法を形作れなかったものはどうなると思う?んー、じゃあ、アリシア」
「無詠唱魔法、詠唱魔法かかわらずマナが魔法にならず、そのまま放出されます」
「半分正解だね」
「半分ですか?」

アリシアは怪訝そうに小さく首をかしげる。

「残りの半分は今日の授業で学んでもらえばいい。さて、次は防御魔法だ。この中で防御魔法を使える生徒はいるかい?」

昨日無我夢中だったとは言え、エレクトロフィールドとバリアシフトを使った私は同じように小さく手を挙げる。ほかに手を挙げているのはイグニスたち攻略対象の4人とナタリーだった。

「毎年クラスに1人いればいいくらいなんだが今年はすごいな」

セオドア先生は少しうれしそうに笑う。

「そう、君たちも知っての通り使うのは難しい。流れていくマナをその場に留め続けるイメージ、そしてマナが防御魔法であり続けるためのイメージを持ち続けるのは簡単じゃない」

そういいながらセオドア先生は私たちから距離を置き、無詠唱で防御魔法のバリアシフトを展開する。

「では、ノーラン、俺に向かって魔法で攻撃してくれ」
「俺っすか?狙いつけるの得意じゃないけど……、行きます!灼熱の炎よ、全てを貫く槍となれ!炎の刺突、ヒートスパイク!」

ノーランは詠唱を開始し、炎の槍は形成と同時にセオドア先生に向かってまっすぐに飛んでいく。

「やった!」

ヒートスパイクはそのままセオドア先生のバリアシフトに着弾し、激しい破裂音はしたものの、先生のバリアシフトは何事もなかったかのようにノーランの魔法をかき消していた。

「うん。なかなかの威力のヒートスパイクだね。でもこの通りしっかりと防御魔法を展開していればこの程度の魔法は受けきれる」

初めて防御魔法を目の前で見た生徒は目を輝かせる。

「この無詠唱魔法と防御魔法をぜひみんなにはモンスターシーズンまでに身に着けてほしい」
「モンスターシーズンまで……ですか?」

モンスターシーズンは夏休みが終わったらすぐにやってくる。あまりの期間の短さに無詠唱魔法が使えない生徒がよわよわしく声をあげた。その生徒以外にも声があがらないだけで多くの生徒が同じような表情をしている。

「なんだなんだ、みんなそんな弱気になって。無詠唱魔法も防御魔法もきちんと学べば誰でも使えるようになるさ。もちろん習得のスピードは変わってくるけどね」

先生はそういいながら笑う。

「でも、使えないみんなも使えるみんなも、今日はこの防御魔法について知って欲しいことがあるんだ」

少しだけもったいぶったようにセオドア先生は続ける。

「まずは見せたほうが速いかな。んー……ノーランと、イグニス、それとアリシア。3人で俺のバリアシフトにヒートスパイクを打ってくれ」

セオドア先生はさっきより私たちから距離を取る。追加で指名された2人は立ち上がりノーランと並び、アイコンタクトでタイミングを合わせて同時にヒートスパイクを詠唱する。
3人の魔法はセオドア先生のバリアシフトに着弾し激しい破裂音を上げるが、それだけでは終わらずもう一段階強大な破裂音がして、先生を中心として激しい爆発が巻き起こった。

「キャッ!」

爆風が私たちにも襲いかかり、何人かの生徒がその衝撃によろめいた。

「ね?すごいだろ?」

先生がそういいながら煙の中から現れる。先ほどよりも分厚いバリアシフトが体を包んでいた。

「防御魔法は確かに強力だ。ただ、その反面許容量を超えた威力を受けると、今みたいに停滞させていたマナがそのまま爆発してしまう。無詠唱魔法も当然万能ではない。これから君たちは色々な選択肢をもって、あのモンスターシーズンを乗り切って欲しい」

爆発の威力に目を奪われるもの、モンスターシーズンという言葉に悲観するもの、自分にもできるだろうかという不安そうな表情をするもの、といろんな表情が見える。

「じゃ、みんな今日も頑張っていこうか」

***

「今日はつかれましたわー……。もう喉もガラガラですわ……」
「ミーナもですー……」
「私ももう……」

3人でぺしゃりと生徒会室の机に突っ伏したりと各々楽な体勢を取っている。

セオドア先生の無詠唱魔法と防御呪文の授業で現時点での魔法の実力差がはっきりと出てしまった。
授業後は生徒会メンバーの仕事の一つである「生徒からの相談に乗る」が大盛況になってしまい、結局午後の授業も全部つぶれて生徒会メンバーを講師とした無詠唱魔法の前段階にあたる魔法基礎理論の補講が行われることになった。

「でも、こんな私でも皆さんのお役に立てるのは嬉しいですねー……。生徒会にはいって良かったですー」

こんな状態でもナタリーはニコッと笑いながらそんなことを言うので、こちらもつられて笑ってしまう。

「まったくナタリーは凄いですわね」
「いえいえ、レヴィアナさんほどでは!レヴィアナさん一番人気だったじゃないですか」
「そんなことありませんわよ」

そう否定しながらも、一番とは言わなくとも人気があったのは理解していた。
向こうはこちらの事を知っている様子なのに私が知らないのは少しだけ居心地が悪くて、後ろめたさを感じながらもレヴィアナの記憶を探ってみたりもしたが、レヴィアナ自身も知らないようだった。

「本当に男性陣が変わってくれてよかったですー」

始めは「教えるなんて面倒だ」と私たちに押し付けていたイグニスたちだったが、さすがにもうまともに声が出ていない私たちを見て代わってくれた。
生徒会の男性陣のファンも多そうだったからうれしい生徒もいるだろう。

「おまたせしました!ちょっと時間かかってしまって!」
「ほらほら!机の上を開けて!」

アリシアとノーランが両手いっぱいの焼き菓子を持ってきて、一気に生徒会室中に甘い香りが広がる。

「わぁ!すごいです!おいしそうです!!」
「慣れないキッチン道具だったので、少し焦がしてしまって……。申し訳ありません」
「ミーナにはこんなお菓子そもそも作れないです!食べて良いです?食べて良いですか!?」

アリシアが頷くのを確認するや否や、むしゃぶりつくようにお菓子にかぶりつくミーナ。
私たちも、一つ手に取ってかじる。焼き菓子は外側がパリッとして中は少ししっとりとしていて、口の中でほろほろと崩れて一瞬で溶けていった。
ほどよい甘さが疲労を回復してくれるようなそんな味だった。

「へ……なんで?なんで……?」

横を見るとナタリーが一口含んだままふるふると体を震わせていた。

「どうしました?お口に合いませんでした?」

アリシアが心配そうにナタリーに問いかける。

「ちがう、ちがいます!おいしいんです!おいしすぎるんです!これは、一体……」
「そんな大げさですよー」
「こ、こんど私にも作り方を教えてください!あ、いえ!嫌だったら!でも!」

こんなあわあわしてるナタリーは初めて見た。そのままアリシアから一緒に作りましょうと誘われたナタリーは、今日一番の笑顔でお菓子を口に運んでいた。

「で?どうしてあなたはここにいますの?男性陣は今ほかの生徒の相談に乗っている時間ではありませんの?」

視線が一斉に集中し、ノーランはたじろいだようだった。

「ほ、ほら?俺も無詠唱魔法なんて使えないわけ。で、そんな俺が無詠唱魔法の相談なんてのれるわけないだろ?」
「ふーん……?そうですの?」

シルフィード広場でのミーナの言葉を思い出しながらノーランに訝し気な視線を送る。

「あ!私がお菓子作りのお手伝いをお願いしたんです。こんな量いっぺんに私だけじゃ運べないので!」

アリシアがノーランに助け舟を出す形になる。まぁこれ以上ノーランの事をいじめても仕方がない。ノーランにも席に座るように促す。

「といってもこの生徒会で無詠唱魔法を使えないのはあなただけでしてよ?」
「そう、問題はそれなんだよなー。お!さっすがアリシアちゃん!とってもおいしい」
「ありがとうございますー。ノーランさんに手伝ってもらったおかげです」
「ちょっと聞いてますの?」

ノーランはへらへらと笑いながらお菓子を口に頬張りながら続ける。

「いや、俺も実際何とかしないとなーとは思ってるって。でも無詠唱とかいまいちまだピンと来てないんだよな。魔法とかもいまだにすげーって思ってるくらいだし」
「ここ……魔法学校ですのよ……?」
「それにさっきもヒートスパイク使っていたじゃないですか。ほら、私とイグニスさんと」
「そうなんだけどさー」

これまで接してきてのノーラン像は何というか……軽い。かといって不真面目という訳ではなく変わった雰囲気を持つ生徒だった。

「じゃあさ、実際みんなってどうやって無詠唱魔法つかってるわけ?」
「あ、私も気になります!私も出来ると言っても本当にちょっとだけでしたし!」

アリシアとノーランの視線が私たちに集まる。

「そうですわね……。例えばわたくしの場合は詠唱を省略できる箇所を圧縮したうえで、マナの密度を上げて、無理やり詠唱の過程を圧縮しているようなイメージですわね」
「マナ密度ですか……?」
「レヴィアナってしれっと天才だよな」

アリシアとノーランが同時に首を傾げる。なんかこの「ぎゅっと」する感覚はレヴィアナならではの技術なのだろうか。

「ナタリーが今日使ってた無詠唱魔法もすごかったよな。あれってどうやってるんだ?」

私の回答の理解をあきらめたのか、ノーランはナタリーに話題を振る。

「え、えっとですね。私は詠唱中に構築している魔法陣の構成要素を分解して……」

そう言いながらナタリーは空中に魔法で図を書きだしていく。

「例えば私のアイシクルランスだと、こことここのつなぎ目が省略できそうじゃないですか?なので、まずここを省略して……、そうすると次にこの省略も見えてきますよね?」

ナタリーが空中に書いた魔法構築の図を私たちは眺めながら、ナタリーの説明に聞き入る。

「無詠唱って完全に詠唱しないわけでは無くて、実際にはこうして省略をし続けて、最終的にはごくごく短い時間で詠唱が完了できるようになる……って考えると理解がしやすいかもしれません」

ナタリーはそこまで歌うように一気に説明してふぅと息を吐く。

「ってすみません!こんな長々と喋ってしまって……!」

自分の説明が長すぎて引かれたと思ったのかナタリーは急にあたふたとして頭を下げている。

「ちがうちがう、なんか本当に先生みたいだなーって素直に驚いてたんだよ」
「そ、そうですか……?」
「ですです!かっこよかったです!」

ノーランのフォローにミーナも賛同して、ナタリーの顔がパッと明るくなる。

「なるほどなー。だからさっきセオドア先生が魔法詠唱について理解を深めろ―とか言ってたのか」
「はい、そうだと思います」

なるほどなーとつぶやきながらノーランは次のお菓子に手を伸ばしている。

「俺、ちょっとこの魔法の詠唱ってこっぱずかしくってさ。簡単に無詠唱魔法が使えたらなって思ってたんだけど、やっぱりそう簡単にいかないってことだよなー」
「レヴィアナさんやナタリーさんの方法を聞いても無詠唱魔法には色々方法がありそうですし、自分なりの理論を考えないといけなそうですね。頑張りましょ、ノーランさん」
「お、おう」

アリシアに励まされてノーランは照れくさそうにしている。


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