悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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日常

ガレンの問いかけ

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「ふふーん」

鏡に映る自分を見ながらついつい慣れない鼻歌が漏れてしまう。
首にはアルドリックからもらったネックレス。
左耳にはニーナと分け合ったイヤリング。
右腕にはナタリーと分け合ったブレスレット。

それぞれが美しく輝き、元々綺麗なレヴィアナの容姿と相まって、昨日よりも少しだけ華やかになった自分の姿に心が躍る。

―――コンコン

「はーい、今行きますわ!」

余裕をもって準備を終えたはずだったが、随分と鏡の前で1人盛り上がってしまったようだ。

慌ててカバンを持って扉を開けるとニーナ、ナタリー、そしてアリシアがいつもの笑顔で立っていた。

「お待たせしましたわ!」

教室に一番近い部屋の私がこうして最後に合流することになる。
短い距離だけど、こうして4人そろって教室に通学するのは、なんだか昔本で見た学生のようで心が弾む。

「レヴィアナさんもとっても似合ってますねー!」

アリシアが私のイヤリングを見ながらそう言ってくれる。多分ここに来る間にもニーナとナタリーと盛り上がりながら来たんだろう。

「アリシアも今度一緒にお買い物行きましょ?わたくしアリシアともおそろいのアクセサリーとか欲しいですわ」
「ぜひお願いします!」
「あ、そうだ。まずはこれですわね」

カバンから昨日購入したお揃いの柄のハンカチを4枚取り出す。3人にそれぞれ渡して、全員の手に同じハンカチが行き渡った。

「生徒会の仲良し女子結成記念のハンカチですわ」
「わぁ!嬉しい!」
「改めてみんなでこうして持つとなんだか照れますね」

アリシアは大事そうにそのハンカチを胸に当て、ニーナとナタリーも嬉しそうに顔をほころばせる。
こうして私たち4人は、朝から幸せな気持ちを分け合いながら、教室へと向かっていった。

***

(へぇ……こんな考え方もあるんだ……)

正直座学の時間は退屈だと思っていたけど、新しい発見がたくさんあった。

「であるからして、死は自然なサイクルの一部として捉えられておるのじゃ。それは、新しい命が誕生し、成長し、そして再び土に還るという過程を通じて……」

カスパー先生が話しながらも空間には様々な文字が踊りまわる。先生の話に合わせて文字がつながって、図が生み出されて、高い天井と大きな窓の教の自然光と織り交ざり実に幻想的な風景だった。

「じゃから人々は、亡くなることで魂が新たな形で生まれ変わり、それは永遠の繰り返しの中で成長し続けることができるのじゃ。ただし自ら命を絶ってはならぬ。その永遠の成長の機会が途切れてしまうからの」

―――きーんこーん―――きーん―――こーん……

セレスティアル・アカデミー中央にある時計塔の金が重厚な音を響かせる。

「む、そろそろ時間じゃな。では本日の授業はここまでとしようかのう」

そういうと、空中に浮かんでいた文字たちはすっと消えていき、同時に教室の明かりも元に戻った。

「相変わらずその何か書くの好きだよなー」

授業が終わるとイグニスがやってくる。

「あら、うるさかったかしら?」
「いや、別にそんなんじゃねーけどよ。そんなことしなくても魔法で文字は書けるし、内容も教材を見ればいいじゃねーか」

イグニスはそう言うと、机に広げていた本をパラパラとめくる。

「まったくイグニスは何もわかっていませんのね。それは文字の情報だけ、カスパー先生がどこを重要としていたか、言葉を話すリズムや視線などからわたくしたちはいろいろな情報を学んでいくんですわ」
「だったら魔法で文字をかいた方が速いし大量に書けるしよくねーか?」
「違いますわ。全部書けないからこそ重要なところだけ書けていいんですわよ」

これは単にイグニスに対しての売り言葉に買い言葉といった感じだ。私自身あれから魔法での文字の転写を練習してみたもののどうにもしっくりこなかった。買い言葉ついでに意地悪もしてやろっと。

「それに、そんなこと言っているから初日の試験でわたくしに負けたんではなくて?」

もとはと言えばレヴィアナの知識ではあるのだが、こうしてイグニスをからかうのは面白かった。ぐうの音も出ないようで、イグニスはうつむき加減で唸っている。

「……っったく、わかったよ!それ……どこで売ってるんだよ」
「それ……とは?」
「だからそのノートとペンだよ!この天才の俺様がいつまでもお前に負けてていいはずがないからな!」

こうしてイグニスの事をからかうのもだいぶ日常になってきた。

「わたくしのものをあげますわよ。まだたくさん持ってきていますから」

そう言って、新しいノートとペンをカバンから取り出しイグニスに差し出す。シルフィード広場の雑貨屋さんに行けば購入できるのは少しの間内緒にしておこう。

「にしてもよー……俺様が天才なのは言うまでもないけどよ、ガレンと言いお前と言い、こういう好奇心ってやつ強いよなー」

渡してあげたノートに早速自分の名前を苦戦しながら書いているイグニスが何ともなく口を開く。

「俺様達がフローラさんに魔法の訓練受けてる間も、お前ら二人ずーっと古文書読んだりしてたもんなぁ」

そっか、私たちがもっと小さなときの話か。私とガレンがどんな本を読んでいたか分からないけど、でも……。

「えぇ、そうですわね。好奇心がなくなった世界、未知がなくなった世界は地獄ですわよ?」

ノートに必死の形相で悪戦苦闘しているイグニスに向かって私は小さく微笑んだ。

「お、何珍しい事やってんな」

そう言いながらがガレンがこっちにやってきて、イグニスの手元をのぞき込む。

「あらガレン、どうかしました?」
「いや、別に用はないんだけどさ」

そう言うガレンだが、こんなに下手な嘘もなかなか無いだろう。イグニスのノートに視線を落としたり、イグニスと私を交互に見たりとせわしない。

「あれ?皆さん次の授業行かないですか?」

ミーナがとことことやってきて、不思議そうにこちらを見ている。ガレンはミーナを少しの間見つめて、何かを決心したのか口を開いた。

「……ちょっと聞きたいことがあってさ。折角だしミーナもちょっといい?」

いつの間にか教室の中には私たち4人だけになっていた。

「俺、最近よく考えるんだよ」

ガレンは少しだけ言いにくそうに口を開いた。

「さっきの授業でカスパー先生が言ってただろ?自ら進んで死ぬな。でも何か良きことをして死んだら魂が成長できるって」
「それがどうしたんだよ」
「でも例えばさ、その良き死ってやつと自ら死ぬことの違いって何だろうなぁって」

ガレンは真剣なまなざしで私達に問う。でも、少なくとも私はガレンの言いたいことがいまいちつかめずに次の言葉を待った。

「例えばさ?俺がここで自殺をしたとする。それは良いことか?悪い事か?」
「悪い事」「悪い事」「悪い事です」

3人の声が重なった。

「そうだよな?俺もそう思う」

ガレンは、うんうんと頷く。しかし、それだけでガレンの問いかけは終わらないようだった。多分自分でもまだ整理できていないことなのか、少しの逡巡があってからガレンは続けた。

「でも。もし俺が何かの病気にかかって、2日後に絶対死ぬとするだろ?絶対に治らない。2日間は生きていられるけどとてつもなく苦しい……そんな時、もし自分から死ぬのって、それって悪い事なのかな?」
「ガレンさん病気なんですか!?」

ミーナが慌てたように声を上げる。

「悪い悪い。あくまで仮定の話。俺は至って健康だよ」
「ふー、良かったですー」

私はガレンの問いに即答できなかった。イグニスも何かを考えているようで否定も肯定の返事もしなかった。
でも仮定という割に、ガレンはまじめな表情を崩さず続ける。いや、これはまじめというか…――――。

「もし、例えば、場合によって、そんな仮定の話だよ。もし絶対に避けることができない死が待っていて、その死までずっと苦しみ続けなければならないとしたら、みんなはどうする?そんな状態でも自らの生をあきらめることは悪い事なのかな?」

答えられずにいる私たちにかまわず、彼はさらに問いを続ける。

まるで、誰かに言わされているかのように。
まるで、何かに突き動かされるように。
まるで、何か既に自分の中に答えがあるかのように。
まるで、自分の中に浮かんだ言葉をそのまま吐き出すように。
まるで、自分自身に言い聞かせるように。
そして、どこか救いを求めるように……。

「仮定の続き。2人はさ、そんな最高の、最善の、そして最良の毒って何だと思う?」
「え……?」

突然の問だった。そもそも仮定にしても生物を殺すためのものが毒だ。そんなものに最善とか最良なんて言葉は似合わない。

「けっ!相変わらずこういった問いかけ好きだな。ガレンっぽいと言えばガレンっぽいけどよ。ミーナ、ガレンのこれ、たまにある発作みたいなもんだから気にすんなよ」

少し暗くなりかけた空気をイグニスはそう一蹴する。

「これでも俺は結構まじめに考えてるんだけどな」
「大体まず前提がおかしいだろ。まず生きること、それが前提だっつーの。もし今ガレンが言うような毒を俺様が飲んで、2日後に死ぬことが決まるとする」

そんな風にして何かを飲むような手振りをするイグニス。

「でもよ、解決方法がないのは今この瞬間だけだろ?俺様がそんな状態になったらお前もレヴィアナもミーナも、マリウス…はまぁどっちでもいいけど、先生たちも、みんなで協力したら明日には解毒する方法が見つかってるかもしれねーじゃねーか」

そう言いながらイグニスはガレンの問いを鼻で笑い飛ばす。

「だから生きるのが前提だろ。どんなに苦しくても、辛くても、しんどくても、痛くても、悲しくて悔しくても、俺様たちは生きていかなきゃいけねぇんだよ」
「ははっ。なるほど」

ガレンはそんなイグニスを見て小さく笑った。

「ミーナも頑張って解決方法を探すですよ!」

ミーナはガッツポーズをしながらそう答える。

「そうだな、ありがとう」

そんな三人を見ていたら私もつられて笑っていた。でも、私の中にはさっきの最高の、最善の、そして最良の毒というのが引っかかったままだった。

そして、私には思い当たる方法が2つある。

(与えるか……奪うか……)

ガレンがさしているのが私にはどちらかの判断はつかなかったものの、それでも確信に近い答えが浮かんでいた。

心の中に浮かんだ答えを口に出そうか出すまいか迷っていると「あ!みなさん!探しましたよ!早く行きましょ!」とナタリーが教室に飛び込んできて、この不思議な時間は中断された。

「なんの話をしてたんですか?」
「ん?そうだな……」
「ガレンさんの難しい話でした!今度はナタリーも一緒にお話ししましょう!ね、レヴィアナさん!」
「えぇ、そうですわね」

私はさっきの問いの答えを明らかにしないまま、みんなと一緒になって笑って訓練場に向かった。


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